Parody

□お嬢様、逃亡中。
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「お前たちが付いていながら、なんというザマだ」

とん、とん、と一定のリズムで聞こえてくる指の音に、三人の頭は下がりっぱなしである。

主は静かにため息をついて、空いた左手でつまみ上げる様に拾った手帳を眺めていた。

「昼までに見つけ出せ」

冷たく鋭い声が響く。

「しっ、しかし旦那様──」

「無駄口を叩くなら仕置きだぞ、攻児」

「も……申し訳ありませんのだ、仰せのままに」

「うんうん。お前は物わかりが良くて助かるねぇ、流石先輩だ」

ようやく笑んだ主だったが、その目はどう見ても笑っていない。井宿と攻児が慌てて頭を低くするのにワンテンポ遅れて翼宿が続き、早くしなければマズイと耳打ちした井宿に促されて部屋を後にした。

「──ひぇーっ、久々に冷えたわ」

肩をぎゅっと竦めて、攻児が震えたような声をあげる。

「聞こえても知らんで。つかマジックハンドちらつかせんねんもん、たまらんわぁ」

「あれ特注やねんて。金持ちのする事はよう解らん」

二人が無駄話に花を咲かせているのを横目に、井宿は小さくため息を洩らした。実は今回の命には、些か気乗りしないからだ。

今朝朝食をとり、部屋に一旦帰るまでは雪も全くいつも通りだった。なのに"着替えてくるから"と言って引っ込んだ数分後には、その姿が綺麗さっぱり消えていたから驚きだ。

「井宿はん、お嬢の部屋寄りまっか?」

「うん。そうするのだ」

誰も居ない部屋の戸をノックし、ゆっくり開ける。今朝井宿達が入った時と何一つ変わらぬ光景は、雪が部屋に戻っていない事を示していた。

テーブルに置き去られたお見合い写真と「旅に出ました」のメモに、井宿はまたしても深々とため息をつく。

明日は知り合いの息子さんとの見合いがあるから──。そう知らされたのは、昨日の事。

彼女は恐らく、父親が勝手にセッティングしたそれが気に食わずに逃げ出してしまったのだ。

「うわ、ぶっさいく」

すぐ横から覗き込んだ攻児の声にハッとして顔を向けると、彼はいつの間にか写真を拾い上げてクスクスと笑っていた。

「こいつでっか?お嬢の見合い相手。こりゃ逃げたくもなりますわ、バカボンの実写ですやん」

「げーっ。旦那様、あんなに可愛がっとるくせにこんな奴に嫁がせる気ぃかいな。まだ16やで?」

「こら。そんな事言ってはいけないのだ……それでも、四菱グループの御曹司なのだ」

「それでも、て。井宿はん」

咎めておいて本音が出てしまった。咳払いをした後で、ずいと翼宿に一枚のハンカチを差し出す。

「なっ、何やねんっ」

「これはお嬢様のハンカチなのだ。匂いを辿って探し出すのだ」

「俺は犬とちゃうて、何べん言うたら解るんじゃ!」

「……のぅ、井宿はん。真面目に探す気ありまっか?」

じっとりと見てきた攻児に、視線だけを返す井宿。ここで一言「バレたか」と言えたら、どんなに楽だろうか。

しかし主人から直々に命令を受けた以上は、恋人を変人に差し出すようなふざけた事もやらなくてはならない。

「──屋敷を片っ端から当たるのだ」

「昼まで、ほとんど時間残ってまへんで」

「急ごか……気乗りせんけどなぁ」

「まったくやわ、せやから旦那様に言うたろ思てんけど」

用無しと放り投げられた写真と、部屋を一瞥した井宿も二人に続く。

広い屋敷だ、分かれて捜索にあたるのが効率的だろう。そう言うまでもなく、攻児と翼宿は別々の方向へそれぞれ散っていった。指示を出さなくて良いぶん楽ではあるのだが、多分たまたまだと思う。

「さて、どうしたもんかな」

取り残された井宿は、一人階段を降り始めた。
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