Parody
□鬼軍曹襲来
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その日も、いつも通りの平和な昼下がりだと思っていた。数回の爆発音と、衛兵たちの騒ぐ声さえ聞こえてこなければ。
「追え!曲者だーっ!」
「危険だ!逃がすな!増員しろ!」
芝生に寝転んで微睡んでいた井宿が思わず半身を起こすと、雪も目を擦りながら続く。
「……んー。何事〜?」
「さぁ……。分からないけど、こっちへ来る。安全な場所に逃げた方がよさそうなのだ」
いくつかも分からないほど重なった足音が近くなる。のんきに大あくびをしている雪を背に庇おうとした井宿の視界に、人影が飛び込んできた。
「だっ……!?」
素早い。
トントン、と軽やかに目の前で芝生を蹴った人影が井宿の背後に回り込み、捕まえた雪のこめかみに黒光りするなにかを押し当てている。
体を向けるのがやっとだった。
「──動くな」
「な……なに……、わっ!?」
雪を捕まえたままじりじりと後退しながら、男が言った。
敵意むき出しの声とむっつりとした表情。左下頬にある傷と、黒髪の向こうの鋭い瞳が印象的だ。
隙ひとつ見せない、刃物のような雰囲気をまとっている。
「な、なんなのだ君は!その娘を離……」
井宿が言い切らぬうちに、男はこめかみから外した武器を天に向けて、その引き金を引いた。
発砲音のあとで火薬の臭いが辺りに漂い、追い付いてきた衛兵たちがざわめく。
ここにいる人間には馴染みのない武器だが、恐らく小型拳銃である。井宿の方は、サッと血の気が引いた。
「ひええ!お助けを……ち、井宿ー!」
「だ……っ、雪、」
「ええい曲者め!雪様から離れろ、殺されたいのか!」
「それはこちらの台詞だ。……もう一度聞く。貴様ら、何者だ?」
「お……落ち着くのだ!そういう君こそ、一体何処の誰なのだ!倶東の人間か!?」
「クトウ? 知らんな。俺は──」
「──ソースケぇええ!!」
パーン、と、乾いた音。先刻の発砲音にも似ているが、そうではない。井宿の背後から飛び出してきた見知らぬ少女が、暴漢の頭を高い位置からハリセンで殴り付けたのだ。
「ち、ちど……っ!」
真上から脳天に一発、横っ面に往復、更に吹っ飛んだところで正確に顎をとらえる。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿この戦争ボケ男ぉおお!」
井宿も、それから衛兵も──誰一人として止めることのできない中、折檻は続く。少女は美しい黒髪を振り乱しながら、殴る蹴る絞める等あらゆる暴行の限りをつくし、よく分からない罵倒を繰り返す。
また暴漢の方も、先程までの威勢はどこへやら、ただひたすら「痛い、痛い」と言いながらそれを受け入れていた。
「あ、あのさ、そろそろ止めないと死んじゃうと思う……。あの女の人、プロレス技かけてる……」
這いずって戻ってきた雪が袈裟を引っ張ったところで我に返った井宿は、雪を助け起こしつつ、少女に声をかけた。
「あの……君たち」
「……ごめんなさいね、この戦争オタクが迷惑かけちゃって。ソースケ、謝りなさい!地べたに同化するつもりで這いつくばって!!」
「……すまん」
「あたしにじゃないわよ!」
再び綺麗な一発。そこで、"ソースケ"と呼ばれた男は遂に、意識を手放したようだった。