企画

□とある財閥令嬢の憂鬱
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全国的に名の知れた名門私立校の校門に、黒塗りの高級車が停車した。大企業や政治家などの御曹司、御令嬢……そのような裕福な人間ばかりが通う学校で高級車のお出迎えは決して珍しくないが──この車は何故か一層人目を引く。

運転席から降りた青年が、後部座席のドアの前に立った。細く引き締まった体に、ダークスーツをきっちり着こなしている。

「井宿はん、お嬢出てきましたで」

反対側のドアからはもう二人。どちらも関西弁で、運転手の青年よりいくらか若く、非常に明るい髪色で目付きが鋭い方は翼宿、頬に訳あり風の傷がある方は攻児。スーツもやや砕けた着方でおまけにガタイもいいので、どちらかというとアッチの職業に思われがちだ。

その全員が全員、タイプはまるっきり違えど所謂「イケメン」という種族だった。当然本人達にその自覚はない。下校していく少女達が、ちらちらと彼らに視線を送る事にも無関心だ。

三人は他の女子には目もくれず、玄関からこちらへ悠々と歩いてくる一人の娘を見据えていた。

「お嬢、お疲れ様です!お迎えにあがりましたで!」

「お嬢はやめるのだ……。お帰りなさいませ」

「うむ」

短い返事をして、娘は後部座席に乗り込んだ。続いて関西弁の二人が座り、運転席のドアが閉まる。

「つぐみお嬢様、今日はお疲れのようなのだな」

車が走り出してしばらく、井宿が呟いた。元々口数の多い方ではない彼女だが、今日はひときわ静かだった。

そのまま無言で後部座席備え付けのケースに手を伸ばし、中からポーチを取り出す。

「どうぞ」

攻児の声の後で、運転席までふわりと微かに煙が漂ってきた。信号待ちの間ミラー越しに見たつぐみは目を細めて、だが美味そうに紙巻きをふかしている。

未成年ではあるが、これは彼女の愉しみの一つだった。今更咎めてもしようがない。白い指先がフィルターを弄び、紫煙に一瞬だけ表情が隠れた。

信号が青に変わる。井宿は視線を戻して、屋敷へと車を走らせた。
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