企画
□小さな手をもうひとつ (一周年企画)
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道端に、子供が二人。
手を繋いで、きょろきょろ親を捜すような仕草──あれは姉妹だろうか?
そう思いつつも、すぐに「否」と思い直した。
「……雪、」
声をあげると、背が高い方の少女がこちらを向いた。半べそ状態の幼い女の子を引き連れて、困ったように笑っている。
「いつから子持ちになったのだ?オイラの子?」
「違うし。今そこで見つけたの、迷子みたいで」
ふうん、と井宿は買い出しの荷物を抱え直しながら辺りを見回してみた。勿論この子の親の顔など知りはしないし、無駄なのですぐにやめたのだが。
まだ四つかそこらだろうか……舌ったらずな話し方で、雪に何かを必死で訴えている。こちらまでは内容が聞こえてこない。
「お母さんと一緒だったんだって。流されてきちゃったみたい」
「んー……」
「何処行っちゃったのかなぁ……一緒に探してみよっか?」
手を掴んだままでまたもやきょろきょろしているが、子供の身長でこの混雑の中、人を見つけるのは難しいだろう。
井宿は泣き出しそうなのを堪えるようにうつむく少女を抱き上げて、胸元まで抱えあげてみる。
「ほら、こうすれば少し遠くまで見渡せるのだ」
「わ……」
小さな手のひらが、落ちないようにと胸元を掴む。
雪は隣で少し背伸びをして、同じように人混みを見ていた。
しかし行き交う町人は、誰もそんな様子を気にする気配がない。きっと、夫婦がぐずった子供をあやしているだけだと思われているのだろう。つまりは……
「……いない」
ぽつりと、少女は呟いた。あからさまに肩が落ちる。
「今日はいつもより人出があるから……」
「参ったのだぁ……」
「井宿、少し歩いてみようよ。時間はあるでしょ?」
「そうするしかないようなのだ。君も、周りをよーく見ているのだよ」
後半の声は、つとめて優しくした。少女は素直に頷き、歩き出した事による振動で、服を握る右手に力を込める。
緊張しているが、面のお陰で怖くはないようだ。これが翼宿だったら、いくら本人に脅かすつもりがなくても泣いていたのではないだろうか。……しかし打ち解けるのも早そうだ。
そう思うと、何故か、なんとなく癪だった。何故か。
「いくつなのだー?」
「四つ……」
「じゃ、オイラの予想通りなのだー。結構人を見る目あると思わないのだ?」
「あはは。威張るほどのことじゃないし」
冷たい娘なのだ、と拗ねてみせると、腕の中で少女が声を出さずに笑った。はにかむような笑い方、雰囲気が雪に似ている──将来有望かもしれない。
その後も、色々な話をした。さりげなく母親の特徴を聞いてみたり、他愛もない世間話をしたり。
「迷子の迷子の子猫ちゃん、あなたのおうちはどこですかー」
「……なんの歌なのだ?」
「いぬのおまわりさん。"向こう"で有名な童謡だよ。井宿は狐のおまわりさんだけど」
「…………」
「お姉ちゃんすごい!他には?」
とまあ、こんな具合である。
──途中で栄陽に住まいがあることを知って家までの道のりが分かるかと思ったのだが、残念ながらここからの帰り方はわからないと言う。
そろそろ宮殿に戻る時間が近付いてきた。しかし焦りは微塵も出さず、重たくないですか?なんて恥ずかしそうにする少女を笑って抱え直した。
「わっ!?」
「おっと……!」
空いた左手で、咄嗟にもう一人の少女を捕まえる。危うく人波にさらわれてしまうところだった。
預けていた荷物を胸元にぎゅっと抱きしめ、ばつが悪そうに雪が苦笑する。
「へへへ……ごめん」
「まったくー、君まで迷子になったら困ってしまうのだ」
「む……!またそうやって子供扱いして──」
「すみません、そこのお方……!」
雪の抗議が、誰かの声にかき消される。振り向くと、息を切らして走ってくる女性がいた。
これはもしかしなくても、この迷子の母親だ。
「お母さん!」
感極まった声と共に、両手を伸ばす。母親が追い付く頃にそっと地面におろしてやると、ついに泣き出しながら一目散に駆けていった。
母親もしっかりと娘を抱きとめ、お互いになにか言葉を交わしているようだ。
さっさと立ち去るわけにもいかずにその様子を眺めていた井宿と雪に、母親は何度も頭を下げる。
「どこのどなたか存じませんが、ありがとうございました!なんとお礼をしたらいいか」
「あっ、いえいえ。そんなつもりじゃないんで!お気になさらず!」
まだ少し興奮気味の母親を雪が宥めているうちに、井宿は膝を折り、少女の頭を一撫でする。
「お母さん、見つかってよかったのだ。次からは、気を付けなくちゃ駄目なのだー」
「うん!お兄ちゃん、ありがとう」
さっきまで泣いていたのに、もう忘れたみたいに笑っている──。子供は得意でも苦手でもないが、さすがにこれには、ふっと表情がゆるんでしまった。
その屈託のなさも、誰かさんとよく似ているような気がする、なんて。
「ありがとうございました!」
しっかり手を繋ぎ、人波に消えていく母娘を見ながら、井宿はぼんやりとそんなことを考えていた。