企画
□その優しさが苦しくて (一周年企画)
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「なぁ、井宿の奴、今日ボーッとしてへん?」
口を尖らせた翼宿にそう言われ、雪は目を瞬かせた。
「……んー、そうかな」
「そうかなて、お前。俺今日、話しかけたん三回も無視されたんやで?」
「い……、いつもの事じゃない?わりと」
「どついたろか」
特に用がなくても呼びつけたり、話しかけたりするというので、翼宿が無視されることはたまにある。だがしかし雪も、これはさすがに異常だと思ってはいた。
そもそも二回も名を呼べば、彼の性格上嫌々でも返事をするはず。
「……やっぱり、そうかぁ」
何事か文句をこぼしながら立ち去った翼宿の背を見つめたまま、雪は小さくそうこぼした。
今日の井宿とはまだ、朝の挨拶を交わしたきりだ。その時に少し元気がないような気はしたのだが、今日はなんだか寝不足なのだと先手を打たれてしまったので、それ以上の追求はしていない。
夜も寝る前までは井宿の部屋で一緒にごく普段通りに過ごしたし、雪が寝室に戻る際にはもう完全に寝る体勢に入っていたから、夜更かしをしたとは考えづらかった。
──というか、こう言っては悪いが翼宿にまで気付かれるのは重症だ。
雪はとっくに見えなくなった男に心の中で軽く詫びながら、踵を返した。
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