企画

□今ここで、君を抱き寄せられたら。
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「君のいた世界は、どんな所だったのだ?」

降って湧いた疑問。深い意味はなく、他愛もない質問だった。ただ、強いて言うなら彼女を育んできた世界がどういうものだったのか、興味はあったのかもしれない。

隣で、雪は答える。

「楽しいところだと思うよ。こことは全然違うけどね」

空を飛ぶ鳥のような鉄、高速で動くからくり仕掛けの馬車、女性が一人で出歩けるほどに、夜も明るい町。携帯電話、なるものは雪の荷物の中で一度だけ見たことがある。どこにいても、世界中の人間と会話したり出来る不思議なものだと記憶していた。

「察するに、便利な世の中なのだな」

「そうだね」

月明かりに照らされた池のほとりに二人並んで足をぷらりと下ろしたまま、そこで会話は一旦完結した。

──彼女はやはり、その世界へ帰って行くのだろう。それも、そう遠くない話だ。自分で尋ねておいて、返答をする雪の表情を見られなかった事が不思議である。だから、元の世界にどんな想いを持っているのか分からない。

きっと家族も友達もいるだろう。それに巫女とこの世界の繋がりは、神獣を呼び出すまでのこと。そんな決まり事は、誰よりも理解しているつもりだ。

「……ねえ、井宿。聞きたいことがあるんだけど」

「何なのだ?」

「これ翼宿にも聞いたことあるんだけど……私、朱雀召喚が済んだらどうなるのかな?」

思わず首をぐいと雪の方へ向ける。一瞬驚いたような表情を浮かべ、次いで戸惑いに似た色がその瞳へと表れる。

「……さあ、オイラにも分からないのだ」

釣り糸が微かに上下した。

「……そっか」
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