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□お見通し
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何の変哲もない朝だった。朝一番、廊下ですれ違った鬼宿にぶつかるまでは。
「……!?」
「あ!悪ィ……雪、平気か?」
尻餅をついたまま、不安げに手を差し伸べる鬼宿にぱちぱちと瞬きを返している雪。
「おい……?本当に平気かよ、頭打ったか?軫宿のところに──」
「い、いや……。違うの、少しびっくりしただけで」
「ならいいけどよ、立てるか?ほら。捕まれ」
「う……うん」
そっと鬼宿の手を取って立ち上がった雪は、ありがとうと述べて踵を返し、そそくさと立ち去っていく。
「なんだ、ありゃ……?本当に頭打ったんじゃねえだろうな……」
鬼宿のそんな呟きも知らずに、自室に戻って扉を背にしゃがみ込む。間違いないのだ、さっき鬼宿にぶつかった時も、手に触れた時も、彼は喋ってなんかいないのに頭に流れ込むように声が聞こえたのだ。
「腹減ったなぁ」だの「やべ、ぼんやりし過ぎた!」だの。
「まるで、心の中を覗いてるみたい……」
そう呟いて、ハッと立ち上がる。そうだ、今朝寝台から落ちたのを思い出した。きっとその拍子に人の心が読めるようになったに違いない!
こんな話、よくある事だ。筒井康隆だったか星新一だったか、とにかくかの巨匠達の小説にも確か……なかったっけ?まあいいだろう。
普通の女子高生にこんな考えが過るのは可笑しな話なのだが、雪はもうこれまで散々不思議な経験を積んできたのだ。全然普通ではない。
逆なら問題だが、読み取る側の能力なら困る事はないのだ。むしろこれは好都合と、いっそわくわくしてきてしまった。
意気揚々と廊下に舞い戻った雪は、誰か手頃な人物はいないかと辺りを見渡す。
「……あ。柳宿!」
「あら雪、おはよ」
「朝の握手しますか!」
「はぁ……?」
気の抜けた声を出しながらも、思わず差し出した手。雪はそれをがっちりと掴んで少し待った後、にんまりと口角を上げた。
「前から変な娘だとは思ってたけど、今朝はなんか変なものでも食べたのかしら……って?」
「なっ……!?なんなの、あんた!本当にどうかしてるの!?」
柳宿はそう叫んで、慌てて手を離す。それから、満足気に笑った雪に説明を求めるような視線を向けている。
「あのね、なんか人の心が読めるようになったみたい」
「はぁ!?わけ分かんないわよ……、そんな事が……」
「でもさっきの、当たりでしょ」
ぐっと言葉を詰まらせた柳宿は、もう一度手を差し出してくる。
「読んでごらんなさい」
小首を傾げながらも素直に手を握って……雪はみるみる真っ赤になっていく。
「ぎゃあああ!は、離してー!」
「人の心を勝手に覗いた罰よ!」
「いやー!!」
「ちょ……柳宿、雪!何やってるのだぁっ!」
何処からともなく、駆け寄ってきたのは井宿だった。
雪がこれだけの叫び声を轟かせていれば、彼が現れないわけがない。
「井宿!この娘妙な術使うわよ!あんたの躾!?」
「何の話なのだ!」
「あー、っと!柳宿、そこまでにしといてっ!」
突然の大声に、さすがの柳宿も怯んだ。その隙に馬鹿力から抜け出せた雪は、ひらりと廊下を駆けていく。
「ちょっ、雪!」
そしてそれを追う井宿の背をぽかんと見つめ、残された柳宿は苦笑を洩らすのだった。