ベル獄

□王子の狂愛
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 風が雲を棚引かせて薄く横に引きずっている。かと思えば散り散りに離散した鱗雲を並べてみたり、空だけを見ていると一体今がいつの時分なのか季節を忘れてしまう。時期的にはもうすぐ積乱雲が地平線上にお目見えする予定なのだが、それにはまだ時間的に余裕があるらしい。日に日に強く照りつける日差しに隼人の白い肌がより一層青白く見えてきて仕方ない。不健康そうだと心配すればどっちがだと反論された。
 イタリア生まれには違いないが日本人とのハーフである隼人が自分よりも線が細いのは気が気でない。女性よりも発達した鎖骨や少しずつ形の整っていく骨格は少年から青年にかけての移り変わり故であるがそれにしても隼人はごく一般の同い年の少年よりはまだ柔らかさを残していた。いや、むしろ成長につれてどんどん綺麗になっていっているような気さえしていた。近くに山本がいることを見ることが多く、ひょっとしたら山本と知らず知らず比較してみてしまっているから余計にそう思えるのかもしれない。
 白い肌、色素の薄い銀の髪。一見綺麗なお人形のような顔立ちなのにその双眸には鋭さがある。折角可愛い顔をしているのにもかかわらず狂犬のように顔を険しくゆがめて相手を威嚇し、止めておけばいいのに煙草を吸う。両手の指には銀の指輪だらけ。それで重くないものだなと変な感心さえしてしまう。
 幼い頃に城でピアノを弾いていた面影を消したいのかどうかは知らないがその指でピアノをまだ弾いているのかわからない。昔、一度だけ彼の実家、すごく大きな城の庭でこっそり二人出会って話したことは多分覚えていないだろう。
 父に連れられて訪れた外出先の城のパーティホール。たくさんの観客に囲まれて大きなグランドピアノが静かに音を立てていた。背丈が小さかった俺はピアノが機械操作で一人でに音を出しているのだと勘違いしたがざわつく大人たちの会話から俺と同じ年頃の子どもが演奏しているのだと知った。
 演奏が終わると椅子からひょいっと飛ぶように降りてもじもじと恥ずかしそうに礼をして、すぐに扉から出て行ってしまった。後ほどこの奇妙な行動の理由が末恐ろしい姉の毒料理のせいだと知ることになる。回想してみれば確かに汗をかいて顔を赤くしていた。あれが強烈な腹痛のせいだとすると綺麗に繋がらぬこともない。

「ベル、あれがお前の婚約者だよ」

 そういって父が俺の肩に手を置いた。ジルが死んで少ししてからのこと。もしかしたら本当は兄の婚約者だったのかもしれないという疑念。
 両親はきっと気が付いていない。俺とジルの間にあったものを。好きなものも嫌いなものも全部同じだった。同じものは二つは要らなかったから兄弟で憎しみ合うのは必然だったのかもしれない。
手を抜くなんて甘いことは嫌いだったからいつだって全力でぶつかりあって、ジルはしぶといから死ぬなんて思ってなかった。ズルをしてでも相手を本気で殺しにかかる、それが俺たち兄弟の当たり前だった。

「せいぜい幸せになれよ、ベルフェゴール」

苦しみのたうちまわる姿が見たかったのに、よりによって最期の言葉は恨みをこめた呪い。
小さな手に大きなナイフを握りしめ、激昂した俺は絶命した何度もジルの肉体を突いた。手に流れる赤い血液がどんどん乾いてこびりついていって。爪の間にも入り込んで。それが自分の手の傷からのものなのかジルのものなのかわからなくなるまで俺は止めなかった。きっと双子同士分け合った血が今になって混ざり合って、ようやく一つになれたからなのかもしれない。
 気がつくとジルだったものが傍にあって、変わり果てたその姿に俺は妙な興奮と安心と歓喜を覚えた。ようやくたった一つのものになれた、そう思った。

『殺してしまうほど愛してたよ』

 この顔と身体を持っていた『自分自身』を。
闇に屠った真実は今も未だ俺の中にあって、俺はというとその後も変わらず俺のまま。赤い血、この手を汚す血。その手に抱かれる運命にある少年。

「俺、ちょっと挨拶してくる」

 少年の消えた扉から俺も飛び出す。父の制止する声を振り切って、いなくなったあいつを探した。獄寺隼人。お前は俺に殺されずに済むだろうか。兄のように俺を拒まないだろうか。狂った俺を受け入れることができるだろうか。
 さあ、俺を満足させてよ。
 それは歪んだ感情、それは俺なりの愛情の求め方。
 久しぶりにあった相手は沢田綱吉という相手の犬のような感じを受けた。どうしてそこまでそいつを守るのかさっぱり理解できない。俺の場合、ボスの強さに忠誠を誓ったわけで、それと同じものが沢田綱吉にないことが信じられなかった。
 毎日、十代目、十代目五月蠅い隼人に俺が嫉妬しないわけがなくて、一日の最初と最後はそいつの名前で隼人の一日が終わることも気に入らなかった。

「隼人の沢田綱吉への感情は愛じゃないだろ」

 だってお前は俺のものなんだ。他のやつらなんてどうでもいい存在なんだよ、本当は。

「な、何だと」
「それは神仏に対する崇拝、憧れなんだよ」
「てめーに何がわかる」
「わかるよ、俺の方が何倍も何十倍もそれこそ倍数で表せない程狂おしく隼人を思っているから」

 隼人を手をとって自分の胸に押し当てる。嫌がって払いのけるかもしれないことを案じて力をこめて手首を掴む。予想に反して隼人はその動きにおとなしく従ってくれたがそれでも緊張しているのか腕には力が籠っている。
だってお前は俺のものなんだ。最初に仕掛けたのはお前。知らずに俺の中に踏み込んできたピアノの音。ずっと前からきめられていたこと、俺が決めたこと。
朽ち果てるまで愛してあげる。

【終わり】



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