短編

□コンビニ
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今、とても、好きな人がいる。
その人は手先が器用なのに、性格が不器用。
思いやりはあるけど、他人の不幸も好き。
たまに至極真面目なのに、普段はとてもふざけている。
そしてなにより宇宙人だった。

私は手に持っていた雑誌をごみ箱の中へ捨てた。
半端な女性誌には、恋愛の指南が設けてあるが、やはり半端な内容だった。
いっそのこと何冊か買っておけばよかった。
いまから本屋まで行って買ってこようか。
…億劫だし、遠いし、なにより必死みたいで格好悪い。
…格好悪いと盾突くくせに指南本に頼るなんて、どれだけ恋愛に臆病なんだろう。

財布に現金を足し、ダウンのポケットに突っ込む。
家を出て、数分歩くとコンビニにつく。
雑誌コーナーにまっすぐ足を向け、気になる雑誌を片っ端から手に取った。
女性誌、…というよりかなりの若者が買ってそうなものも適当に引っつかむ。
すぐに腕の中は数種類数冊あまりの雑誌で埋もれた。

こんなに買っといて、私は告白の方法の一つでも知ることが出来るのだろうか。
悩むより買ってしまおう。
ついでにお気に入りのコーヒーをホットで買おうとしたが、売り切れていてしかたなく冷たいのを買った…家で暖めて飲もう。
レジに行こうとすると、コンビニによろめくように入ってきた客がいた。

その人は金髪で、向こう側の見えない分厚い眼鏡をかけている。
季節は冬なのに、アウターらしいものを着ておらず、ただ一枚のフリースがとても寒々しい…首に掛けられたヘッドホンも相まって、なんだかあべこべな人物に見えた。
どんなトリッキーな人物か、と顔を確認して驚く。
その人はあのクルル曹長が地球人化した姿だった。

どうしてここに?
どくどくと心臓が波打ち、呼吸が荒くなる。
クルルは栄養ドリンクなどが並ぶ棚によろよろと向かうと、適当に何本か手に取り持っていたカゴに投げ入れていた。
彼の顔色をみると常から血色が悪いが、それよりも具合が悪そうだった。
少し油汗も掻いているようだし、苦しそうな途切れ途切れの浅い呼吸も聞こえてくる。
…もしかして。
考えるよりも早く足が動き、彼へ訊かずにはいられなかった。

「…クルル、風邪引いてるの?」
「……あァ?…あぁ、アンタか…。そんなんじゃねぇよ」

じろりとこちらに気付き睨んでくる目が、力なく濁っている。
怠そうな猫背は常より丸く、私に返事をするのもしんどそうだった。

「声枯れてるね…熱もあるの?だったら薬を飲んだほうが」
「ウルセェ。風邪じゃねぇつってんだろ」
「たしかこっちに…薬局じゃないから医薬品はないけど…ないよりましでしょ」
「い、いらねぇって」

誰がどう見たって今のクルルは体調不良だ…遠慮など聞いてられない。
半ば意地になってクルルの言い分を無視し、サプリやドリンクやアイスを彼から奪った籠に入れていく。
横からクルルがうんざり顔で睨んでくる。

「いらねぇっつってんのに…」
「いいからそこで待ってて」

レジを済ませ、クルルを引き摺るように連れて外へ出た。
着ていたダウンを脱ぎ、彼の肩に掛けた…少し小さいようだが、ないよりましだろう。
終始不機嫌そうに、しかしされるがままになっているクルル。
雑誌とドリンクで十分に重くなったレジ袋が手に食い込む。
クルルに移動を促すが、背中を少し押すだけで、ふらふらと倒れそうに前後していた。

「私の家行こう。ここからならそっちのが近い」

クルルに寄り添いながら、進路方向を変えると、彼が納得してないのか唸り声を上げた。

「…いいって…もう帰る…」
「…でも本当に辛そうだよ」

あの天才クルルが風邪を引いているのだ。
薬でも毒でもなんでも発明する天才が、何でも一人で出来てしまう天才が今、弱っている。
きっと並々ならぬ事情があるに違いない。
ラボに籠って一人で療養できない理由が、わざわざ外に出てきて地球人用の薬に頼る理由がある…あるのだろうか?
そこまで考えて、逆に違和感を感じてきた。
クルルは思案に暮れる私を見て呆れたか、はぁ、と深い溜息を漏らした。

「……クッ。そこまで言うなら看病されてやろうじゃねぇの」

風邪を引いても憎まれ口を叩く。
…そんなところも可愛く見えてしまう。
恋とは病。恋とは盲目。
捨てた本にそう書いてあったが、案外当たってるかもしれない。
看病に折れたクルルが、相変わらず悪い顔色のまま、不敵に微笑を浮かべた。

「言っておくがなァ…俺はアンタがコンビニに来ること、分かってたんだぜぇ〜?」
「…強がらなくてもいいのに」
「……」

瞬間、目が据わり恨めしそうな顔になる。

「…違ぇよ、バカ」

なにがお気に召さなかったのか、端的に詰られた。

「…俺はビョーキが治るまでお前ん家から帰らねぇからな」

肩を竦め、クルルは自身の脚でのろのろと歩き出す。
ビョーキ…変なイントネーションが気になるが、喉の痛みで思うように話せないのだろう。
そう思い、その時はそのまま頷き。
そのまま家に招き、私は彼を看病した。

後にクルルは『“恋の病”が治らねぇ』と言い出して、全快しても帰らないことになる。

ああ、頭が痛い。
熱もある。
これは、ビョーキだろうか?



END.
 

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