短編

□言いたくないのに言ってしまった
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「絶対敵わないよ」



自分の声がとても遠くに聞こえた。

鉄の軋みもとても遠くに聞こえた。



「貴方は、ドロロには勝てない」



どろどろと溶けてしまいそうなほど、彼の眼は赤い。

ずるずると吸い込まれそうなくらい、また黒かった。



「…黙れ…」



否定しない。意味のない影。景色は暗闇より暗く。がたがたとした地面は立ちづらい。

憤った風も感じないのは、すでに殺されているからか。

心を。

身も全て、殺されたいとさえ思えた。



「何故敵うはずないのに、そう挑むの」

「…黙れ…」

「貴方は、負けてしまう」

「…黙れ…」

「ドロロは脆弱。でも貴方が負ける」

「…黙れ…」


「だから、行かないで」



ぴたり、と声が止み、静寂が訪れた。

ぴたり、と鉄が来て、喉元に寄った。

刃は、どこまでも優しく、肌を切り撫でた。



「…黙れ、と言ってい…」



黙らせたいなら、喉をかっ裂けばいい。

嘲笑うと、喉が擦れて、思わず彼が身を引いた。

嗚呼、駄目だ。

彼が勝てるわけない。

自信が確信になり、冷笑へ姿を変えた。



「それとも」

「……」

「今度こそ、勝てる、と言ったほうが良い?」



か、と燃えるように、赤が黒のなかで蠢いた。

首元に寄り添った、白刃が煌く。

瞬間。

喉から、どぷ、と血が零れた。



「……っ…か」



あ、死ねた。


彼に、殺してもらえた。


と、思ったのに。

彼は私の名を呼んで、倒れる骸を支えた。



「…すまない…すまい…!」



謝るのか、そこで。

私の、身も心も殺して。そこで。

嘲りを通り越し、ぬるい笑みが浮かぶ。


ひんやりとした、つめたい手が喉の切れ目を塞ごうともがいた。

意外にも動いた片手でその手を取ると、口元に寄せた。

生身の腕は、誰が汚したのか、赤く染まっている。

彼が驚いているのが面白くて、思わず口付けた。

鉄の味は、甘くも感じた。



「…ッ今、医者……」

「ゾルル」



逃げていこうとした、冷たい熱を留めたかった。

だからとっさだった。



「そばにいて」



あっけなく言ってしまった。

あんなに押し込めてきたのに。

晒しだした羞恥は、彼の紅蓮の瞳に焼き焦がされたような気がした。


血を出しすぎて、意識が朦朧とする。

次第に眠くなって、私は彼の腕の中で寝た。







END.

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