薄桜鬼
□薄桜の散る刻(とき)【土方歳三】
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――…
それは、時代の年号が明治へと変わり、激動の時代が終わってから三回目の桜の蕾が開花し始めた頃だった。
目の前には薄紅色の桜が誇らしげに咲き、風に揺られて花弁をひらひら舞い踊らせていた。
その桜の舞い散る様は、冷たい空気がなびく冬の、静かに降り積もる雪のようで、なんだか『彼ら』と初めて出会ったあの日のことを思い出してしまう。
決して喜ばしい出会いではなかったのだが、『彼ら』との出会いが、私の運命を大きく変えた。
『彼ら』との思い出が一つでも欠けていたら、今こうして愛しい人の隣で、桜をを共に見ることができなかったかもしれない。
「今年もおまえと、この場所で桜を見ることができたな」
不意に、私の隣にいた彼――土方歳三が、ぽつりと自分に言い聞かせるかのように小さく、低く通る声で呟いた。
その言葉は嬉しさのあたたかい色に帯びていたが、私にはどこか悲しみが入り交じっているように感じた、…気がした。
今年も隣で一緒に見れた。
でも、来年も一緒に見ることができるだろうか――。
そう言っているような気がしてならない。
複雑な思いを抱えた私は、素直に喜ぶ顔を作ることもできず、そうですね、と曖昧な相槌をうった。
しかしそんな私の感情を、早くも土方は読みとってしまったようだ。
ずっと桜を見ていた土方の視線がこちらへ向けられ、その整った端整な顔に苦笑を浮かべた。
「なんだよ、また余計なこと考えてんのか?」
やっぱり私は嘘が下手なのかもしれない。
こうも簡単に心の中を知られてしまうのだから、上手いとは言えないだろう。
「…すみません」
笑いとばすこともできず、自然と視線が下へと向いてしまう。
限られた未来を想像して、目尻に溜まってしまった涙を見られないようにしたかったからだ。
本当に、私は何度不安に思えば気がすむのだろう。
いつでもどんなときでも、ずっとおまえの傍にいる――。
土方は不安を抱えた私に何度もそう言ってくれた。
その度に安心できて、笑みを浮かべることができたのに、どうしてもこの場所に来ると、土方の身を考えてしまう。
仲間たちに託された新選組を守るため。
そして私を守るために自ら変若水に手を伸ばした。
それでも旧幕府軍は流れを押し返せることなく、新政府軍に降伏というかたちになってしまった。
その悔しさと、戦いの傷を負っていながらも、ずっと新選組と因縁の戦いを続けてきた、西の鬼の頭領――風間千景との最後の対決がここで行われたのだ。
命を削って、本当の力を発揮した風間をなんとか倒したのだが、その代償は大きかった。
今はこんなにも穏やかな日々をゆったりと過ごせているが、羅刹となった土方の寿命がいつ尽きるかは誰にも分からない。