薄桜鬼
□幸せの居所【沖田総司】
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――…
ほんの少し開けた襖から眩しいほどに照らす月光が、細い線となって物音一つしない静かすぎるこの部屋に差し込む。
昔はちょくちょく土方さんの発句集をこっそり持ち出しては暇潰しと詠んでいたけど、土方はやたらと『春の月』という季語をいれたがる。
それは何故かと問いたら、春の月は、他の季節には無い儚さや美しさがあるからだと言っていたのをふと思い出す。
あの時は鼻で笑いとばしたものだが、今なら土方さんの言っていたことが分かる気がする。
こうして重たるい身体を横たえながら、何をするでもなくただ見つめていると、月とはこんなにも綺麗なものだったのかと、思わず感嘆のため息が零れてしまうのだ。
しかし、その綺麗な輝きを放つ春の月は当然夜にしか見れない。
僕は、あと何回この月を見ることができるのだろうか…。
そんな考えに浸っていたその時、廊下を歩く足音が耳に届く。
しかもその足音はこの部屋へと近づいていているようだ。
その本人は、できるだけ抜き足差し足でいるようだが、幾度も戦いをくぐり抜けて神経がすっかり鋭くなってしまった僕にはばればれだった。
やがて、襖の端に一人の影が映る。
男の服装の割には小柄で、細いその影は名を聞かずとも誰だか見当がついた。
「…あの、沖田さん。
まだ起きていらっしゃいますか?」
遠慮がちに問われたその声は、なんだかひどく懐かしいもののような気がする。
たった5日会ってないだけなのに、こんなにも懐かしくて、こんなにも安心できるなんて。
熱に浮かされてるせいかな…。
それとも………。
声に出さずクスッと笑みを漏らすと、部屋の外で戸惑っている人物へと口を開いた。
「いいよ、入っておいで」
その言葉に安堵した様子が雰囲気で分かる。
失礼します、と一言告げられると、襖が静かに開かれた。
「こんな夜遅くにどうしたのさ、千鶴ちゃん。
勝手に部屋から抜け出したら土方さんに怒られること忘れちゃったの?」
からかうようにそう言った時、ふと千鶴の手に持っている代物に気がつく。
白い中くらいの鍋と取り分け用の器を載せたおぼんを布団のそばに置いた千鶴は、すみませんと困ったような笑みを浮かべた。
「今日、沖田さんが何も食べてないと聞いたので、少しでも食べれるように作ったんです」
そう言うと千鶴は、白い鍋の蓋を開ける。
そこにはまだ白い湯気がもわもわとたつお粥が見え、部屋に美味しそうな匂いが広がった。
しかし、匂いは美味しそうでも、喉と胃がそれを拒絶している。
せっかく怒られるのを覚悟で僕の為に作ってきてくれたのだが、今無理矢理食べてもこの場で戻してしまうかもしれなかった。
彼女に僕の病気の正体を知られている分、これ以上醜い部分を見られたくなかった。