薄桜鬼

□追憶の空【沖田・土方】
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「僕、土方さんのこと、嫌いですよ」




――突拍子のない言葉が、夕暮れの暖かい光に照らされた部屋の前の廊下に腰かけていた茶髪の長身男から告げられた。

あまりの予想外故に、部屋の中にいる土方は、大きなため息をついた。


嫌い、と言われたのが予想外なのではない。

むしろ、この茶髪の男――沖田総司が土方に好印象を持っているわけがないことは、日頃の態度を振り返ってみれば猿でも分かる。


しかし、何故そんなことを改めて、しかもここにやって来ての第一声に言われなくてはいけないのか。

特に気分を害したわけでもないが、解せぬ気持ちがため息となってこぼれた。




「んな下らねぇ事言いに来たんだったら、さっさと自分の部屋戻って寝てやがれ。
おまえの会話に付き合ってやるほど、こっちは暇じゃねぇんだ」




どうせろくな話にならない――。

総司との長年の付き合いから得た経験を参考にし、無理矢理話を終わらせようとする。

もちろん、こんなことを言って、総司が素直に帰るとは少しも思っていなかったが。




「はぁ…。
そんなに僕を薄い布団の上に縛りつけておきたいんですか?
寝てばっかりいたら体が鈍りすぎて逆に悪化しますよ」




土方よりも深いため息をつき、うんざりしたように総司が言った。

その言葉の中に、どこか寂しげな感情が含まれていたのを、あえて気づかないままでいることにする。




「隊士たちが寝静まった夜中に、こっそり部屋から抜け出して散歩してるくせに、生意気言ってんじゃねぇよ」




「あれ、ばれてたんですか?
さすが土方さん。
神経張り詰めすぎて病気にならないのが不思議ですね。
あーあ、なんで土方さんじゃなくて僕が体調崩さなきゃなんないんだろ」




いったいどこから人を馬鹿にするような言葉をこんなに次々と思いつくのか…。

この回転の速さを別のところで役立ててほしいのだが…まぁ、叶わぬことだろう。


総司の減らず口を軽く流し、土方は気になっていたことを尋ねた。
 
 




「それで?
夜中ほっつき歩いていったい何をしてんだ?」




「えー、言わなきゃ駄目ですか?
局中法度には、夜中に中庭を出歩いてはいけないなんて書いてないですよ?」




「んなの常識だからに決まってんだろ!
それに、出歩いてるおまえを敵襲だと勘違いして騒ぎ出す隊士だっていねぇとは限らねぇ。
おまえ一人の問題じゃねぇんだよ」




なかなか言い出さない総司に苛立ちを含めてそう言うと、やれやれといった様子で肩を竦めた。


理由として、もうひとつあった。

劇薬である落若水を飲んだことにより羅刹と化した者たちが集う新撰組――またの名を羅刹隊。

その羅刹の行動を始める時間が、人間とは真逆の夜中なのだ。

万が一の可能性ではあるが、その万が一が現実とならないためにも、体調の思わしくない総司を一人でうろつかせるのは、どうにも安心できない。


それは総司も知っていることだから、言葉に出さなかった。

なるべく、羅刹のことは触れないに越したことはないのだから。
 
 
 
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