薄桜鬼

□微熱の灯火【原田左之助】
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「っ……」




何も見えない真っ暗闇の中で、不意に己の名を呼ばれたような気がする。

何かに殴られたかのようにぐらぐらと、不快な感覚が頭に響く中、閉じられていた瞼をゆっくりあける。


ぼやけた視界の焦点がだんだんとはっきりし、目の前にこげ茶色の瞳が不安げに揺れている、まだ幼さの残った顔が大きく映った。

視線が合った時、その目はたちまち安堵の色を帯び、顔にはにっこりとした笑みが浮かんだ。




「原田さん…!
よかった……」




「……千鶴?」




思考が安定しない頭で目の前の少女を呼ぶと、千鶴と呼ばれた少女は元気良く返事をした。

先程の一瞬見えた不安げな表情から、今の太陽のように眩しい笑顔へと変わったのを見ると、相当心配をかけていたのだと分かる。

しかしその理由が分からない。


とりあえずと、横たわっていた己の身を起こそうと腕に力を入れてみる。


…が、しかしまるでいくつもの鉛を身に付けているかのように重たるく、思っているように体を動かすことができない。

それは腕だけでなく、頭から足の先までそうなっているのだと感覚で分かった。




「起き上がってはだめです。
まだ完全には治っていませんから…」




なんとか起き上がろうとしていた原田を、千鶴はやんわりと押し止め、再び横たわらせた。

そして、自分の隣に置いてある、半分以上冷えた水の入っているたらいへと手拭いを入れ、十分に水気をきってから、原田の額へとそっとのせた。

季節は冬。

普通の人なら飛び上がるほど冷たく感じられるのだが、まだ熱が残っている原田には丁度良い具合のようだ。

体のだるさと熱が残り、息苦しい様子で眉間に皺を寄せていた原田の表情が、微かに和らいだように見えた。




「俺、何があったんだ?」




「覚えていないんですか?
昨夜、永倉さんと飲み屋から帰ってこられてすぐに倒れてしまったんです。
酷い高熱で、すぐにお医者様に診てもらって薬を処方してくださったんですけど、だいぶ熱が下がっても目が覚めないので心配になって…」




なるほど、と原田は、ようやく朧気ではあるが、昨夜の記憶を掘り起こすことができた。


そういえば、昨日は新八に飲み屋に付き合えと誘われた気がしなくもない。

しかし、なんとなく頭がぼーっとし、酒を飲む気になどならなかった原田は、首を横に振ったものの、
それでもてめぇは心の友なのかよ!!
と訳の分からない言葉を吐き捨てられ、結局気が進まないながらもついていき、結局半ば無理矢理酒まで飲まされたのだ。


ようやくすっかり良い気分になった新八と共に帰り、すぐに新八は夢の中へと旅立ってしまったのだが、飲み屋へ行く前より頭痛が酷くなった原田は、そのまま立っていることもできず、自分でも自覚のないまま意識を失ってしまったようだ。


そうして現在へと至る――。
 
 
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