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□8.最期の我が儘【薄桜鬼】
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――冷たい雨が容赦なく降り続け、服も肌もどんどん濡れていく。
なんだか身体が酷く重い。
身体全体が鉛と化したようで、指一本動かすどころか、呼吸することさえ億劫になってくる。
視界は、濃い霧がかかったように霞んでいて、木も、草も、人も…何一つはっきりと見えるものはなかった。
でもひとつだけ…。
焦点の合わない視線の先には、初めて愛しいと――近藤さん以外に命を賭けてでも守ってあげたいと望んだあの娘がいる。
顔も表情も姿も真っ白に染められたまま何も見えないが、不思議と安心できるような温かい雰囲気で確信していた。
不意に僕の頬に、雨ではない何かの雫が、一つ、また一つと落ち、滑り落ちていく。
それが彼女の悲しみの感情が溢れだした雫だと気づくのに、時間はかからなかった。
「――お、きた…さ…っ…、いや、だ…――。おきた…さ…ん……!」
絶え間なく溢れ続ける涙を拭うことも忘れたように、ただ何度も何度も僕を呼び続ける。
こんな顔をさせたくない――。
その感情をすぐに和らげてあげたい――。
そんなちっぽけな願いすら、今の僕には現実にすることができない事実に、情けなさと悔しさで今すぐ消えてしまいたかった。
「……ごめんね…」
いろんな意味を含めて、僕は泣きじゃくるこの娘にこう言うしかなかった。
せめても…と、ほとんど感覚の無い右腕に精一杯の力を入れ、ゆっくりとした動作で、涙で濡れている頬を包み込むように触れた。
その触れた僕の指にも、もはや誰のものか分からない鮮血がところどころに付着していた。
この手で触れたら、せっかくの綺麗な肌が、血塗られて台無しになってしまうのではないかと、少し心配になる。
「…ごめんね……」
さっきと全く同じく、しかし、僕の口から出た2度目の言葉は、相手に聞こえないんじゃないかと思うほど、とてもか細いものだった。
目の前で涙を流す彼女は、僕の触れた手を両手で包み込み、駄々をこねる子供のように首を左右に振る。
「…嫌…です……。お願い…置い、て……置いて…いかないで……!」
置いていったりなんかしないよ――。
ただ、疲れちゃったから少し休むだけ…。
昔のように、笑みを浮かべてそう言ってあげたかった。
けれど、それは言の葉という音になることはなく、虚しく唇がほんの微かに動くばかりだ。
本当に、情けないほど弱くなっちゃったな…。
僕はまだ戦える――
そう言い張れたのはいったいどれくらい前のことだっただろう。
「……ひと、つ…だけ…」