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□3.忘れられない【ぬら孫】
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――グギャァァァア!!
大きな断末魔の叫びが、人気のない暗闇の路地裏に響く。
月光を反射し、鋭く光る刃を鞘に納めると、背後でうずくまっている人物に目を向けた。
恐怖でその小さな体は細かく震え、怯えて揺らぐ焦げ茶色の眼が己の姿を映している。
聞きたいことはいろいろあったが、ここで問い詰めるのは野暮というものだろう。
安心させるように笑みを浮かべると、その少女の元にしゃがんだ。
「…怪我は、ねぇかい?」
危害を加えることはないと判断したのか、ようやく安堵の表情が微かに見えた気がした。
「あ、あの……」
恐る恐る口を開いたその少女の声は、桜のように可憐で、控えめながらもよく通っていた。
どこか『あいつ』に似ているかもしれない…。
頭の片隅でそう思っている己がいた。
「その……」
「ん?」
「…み、道に迷っちゃって…。
ここは何処なんですか…!?」
予想外すぎる少女の発言に、ぽかんとした表情で助けた男はしばらく固まったままになってしまったのだった――。
――時は現代。
最愛と言えた妻が姿を消して300年近く経とうとしている頃。
街中の人並みに紛れて、今では珍しいとも言える碧と黒の縞模様が入った着物を身に纏う青年の姿があった。
白い手拭いでフードのように頭を覆い、煙管をくわえたままゆったりと歩くその姿は、江戸時代の人がタイムスリップしてきたように見える。
しかし、その青年の姿を目に映せる者はいない。
誰に気づかれることもなく、長い漆黒の髪を揺らす青年――奴良鯉伴は、煙管の煙と共に、ふうっと大きくため息をついた。
今ではこの世界に闇が身を潜められる場所はほとんどない。
それゆえ、毎日が退屈になるほど平和な日々が現代にはある。
昔は大暴れしていた妖怪たちも、この街ではほとんど見かけることがなくなった。
(平和で万々歳なんだが…、なんだかこの街は息が詰まって仕方ねぇな…)
江戸の人々とは違い、今の人間には明らかに笑顔と賑やかさに欠けている。
長い江戸時代を生きた鯉伴にとって、華やかさのない、人々の疲れきった顔で溢れている今の時代は、どうにも気乗りしないところになっていた。
今日も『遊び人の鯉さん』の名の如く、ふらふらと夜遊びに来たつもりだったが、興醒めしたために、早くも来た道を戻るのだった。