a weak human being

□始まり
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紙袋を受け取り、中で少しずつ呼吸を整えながら紙を見詰めていると、男が紙を裏返す。
『大丈夫』お茶目に文末に顔文字まで書いて。

「…は、はぁ……あ、ありがとう…ございます…」
『どういたしまして!』

ポケットから取り出された少しくしゃくしゃになった紙にはそう記されていた。
慣れているのだろうか。対処が早かった。まぁ実際慣れているの基準など香月には解りはしない。
さっきの事に気付いてか、香月を館の中に通して階段の脇にあったソファーに座るよう促した。男も隣に座ると目線が近くなった。
男が紙にペンでさらさらと文字を書いていく。かなり早いスピードだ。

『君が橘香月くんでいいのかな?俺は藤野椎。女っぽい名前だけどれっきとした男だかんね』

ニコニコとしながら渡してきた紙。改めて見たが可愛い字だな。
藤野椎…しい、か。確かに女らしいが何だか似合っている。

「は、はい、橘香月です。…よろしく、お願いします…」
『うん、よろしく。あ、俺いちいち紙に書いて読むの面倒だと思うけど、俺』

一度見せてきて、止まる。紙を裏返してまた書いて渡してきた。

『声出ないからさ』

衝撃の一言をさらりと述べ、変わらずへらりと笑う椎に香月は唖然とした。

「声、出ない…んですか」

椎の書いた言葉を復唱してみる。何度言おうが変わりはしないが、椎は声が出したくとも出ないのだ。
椎はなおも紙にペンを滑らせる。

『そうなんだよ。まあ理由は色々あって、今は聞かないでおいてくれっと有り難いわ。そういう香月くんこそ』

一度紙を見せた後、また紙を裏返して来る。椎にとってその行動は、普通に話した場合で一度間を空ける行動と一緒のようだ。

『笑ったことないんじゃない』

裏返したと同時に椎も確信をついたように笑う。そして香月もまた唖然としてしまった。

だって本当だから。
確かに香月には、生まれてこの方笑った記憶が一つもない。

「どうして、」
『君の顔見たら解るよ。それに何か傷だらけ』



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