a weak human being

□始まり
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「…ここか」

ひたすらに山を登り、きつい坂道を駆け上がった先に見えた建物。
古びてはいるがかなりの大きさで、外装を変えれば豪邸とも呼べる。
建物の前には丁寧に手入れされた庭が広がる。噴水や池は無いものの、きつくない花の香りが漂う。

一つ深呼吸をして、香月は建物の敷地に足を踏み入れた。


始まりは一冊の雑誌からだった。コンビニで立ち読みをしていたら、たまたま目に飛び込んだ一つの記事。
普段物事に一切興味を示さない香月が、その小さな枠に入った記事を隅々まで読んでいるのだから自分自身でもどうしたものだと思う。
勿論その雑誌は即買い、破られないように鞄の中へ雑誌を入れた。
外は暗く、時刻は既に七時を回っていたが香月には関係ない。香月に干渉する人間などいないからだ。
酷く痩せ細った身体のあちこちに隙間なくある痣がそれを物語っている。

とにかく、だ。
香月が柄にも無く一つの物事に興味を持たせた原因の記事――その内容がこの建物なのだ。

【太陽館】
中間的な大きさの門に掛けてある看板にはそう書かれている。
間違いない、ここなんだ。
押すとギィ、と錆びた音がして門が開く。
人の気配は無い。外装を良くすれば豪邸だとは言ったが、これ程に人気がしないともはや廃墟だ。一瞬恐怖心が過ぎる。

いやいや…んな事に構ってらんねーぞ俺。都会からこんな山奥にまで来たんだ、今更迷ってらんねぇっつの。それにあれだ、別にああいう感じの類いのも怖くねー…多分。
マイナス思考な自分が嫌になる。更に進み門を閉める。何か急かされてる感じがするよこの門。

入口を見付けて(何か震えるのはやはり本心は隠せないからか)やたらデザインにこだわっている戸を開けると、中もかなり豪邸のような事に気付いた。

入ってまず目に飛び込んだのはよくある大きな階段。
下に敷いてあるのは上等そうなカーペットで、土足でいいのか躊躇う。
天井はかなりの高さを誇り、遠い天井ではステンドグラスが光っていた。

「…すっげ」

思わず声が零れる。
すると、部屋の暗い奥からコツ、と物音がした。此処に先に住んでいる人間だろう。それは知っている。
足音の正体が、暗闇から顔を出した。
その男は長身で細く、顔がかなり整った人間だった。長い足を使って軽やかに俺の所まで走ってくる。

「あ、あの…っ」

香月より少し高く、香月は見上げる形だ。見上げるのは…やばい、息苦しくなってきた。

堪えられず肺の辺りの服を掴む。呼吸が乱れる。酸素が上手く入らない。
男はいきなり胸を抑えだした香月に随分驚いているようで、目を見開いていた。

「…っは、はぁ…」

畜生、此処に来てまで過呼吸が出るとか。どうしよう、どうしよう…頭がパニック状態だ。
途端に、目の前に茶色い紙袋と背中を摩られる感触。ゆっくり見上げるとそれは優しい笑顔の男で、左手に紙袋と一緒に小さな紙を持って。
紙には『落ち着いて』と可愛らしい丸字で小さく書いてあった。



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