HUNTER×HUNTER

□over dose
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over dose



…あぁ、駄目。
血に濡れた手が震えて止まらないの。
ねぇ、お願いよ。
早く、私を殺して?









物心付いた頃から人を殺す職について、私はあるモノを携帯するようになった。





今日も、数ある中の一つの仕事を終えて、習慣づいた薬を取り出す。
最早、日常と化した行為は思考する脳を必要としないまま素早く坦々と薬を口に運ぶ。しかし、もう少しで取り出した薬が口に入る…という所で、暗闇の中を一瞬だけ揺れた空気がソレを阻む。
直ぐさま臨戦体制をとったが、見えない風で頬を切った。

「中毒者になったんだ?」

見えにくい視界からは、私を嘲笑うような言葉を投げかける一つ影がうっすらと在るだけで、誰なのか判別がつかない。
命の危険を感じながら、私は取り出した薬を握り締めた。

「次は首を狙うよ」
「いきなり、何?てか、誰よ?」
「…別に。知らなくて良いんじゃない?」

暗闇が揺らぐと、また風が私の身体を切り付けていく。風はコンクリートの柱にぶつかって霧散したように見えた。更に、また二つ風が私の命を刈り取ろうと唸りをあげて襲いかかる。
闇の中で目を懲らせば、風の先に鍼が見えた。

「鍼?……痛っ!」
「ねぇ。その薬、合法?」

左手で握り締めていた薬は、見事に鍼で落とされた。
手から落ちたタブレットタイプの薬は、空中で鍼に刺されたのか、無残な姿で床に散らばっていた。
悲しいことに、ストックはもう無い。

「なんて事するのよ!」
「特に理由は無い…かな?」

特殊な武器に闇と同色の気配を持つ人物に心当たりがあった私は、奇襲を仕掛けて来た奴が、幼なじみのイルミであると確信を持って断定する。そして予感は見事に的中。
最後の薬を失った私は、ヒステリックな母親が言うことを聞かない子供に怒鳴るようにイルミに対し怒りをぶつけた。だけど、ヒステリックな母親を持つイルミには私のヒステリックは聞かないみたいだ。
怒鳴りつけられた筈のイルミは、変わらない殺気で私を追い詰めて来ている。
声は廃墟と化しているビルに響き、下の階で何かが潰れる音がした。

「もう最悪…」
「残念だったね」

挑発と同時に、増やされた鍼が私を襲う。
逃げようと、コンクリートを蹴ればそこには昔よく見た顔があった。

「やっぱり…」
「あんな薬に頼ってないでちゃんと自立すれば?」
「あんたに関係ないでしょ!」
「薬…飲まなくて平気じゃん」
「前の仕事で、20服くらいしてるから」

私の言葉にイルミは呆れた顔をした。それと同時にイルミの張り詰めた気が緩むのを感じて、私は直ぐさま廃墟と化したビルから逃げ出す。
その直後、真っ暗闇に鍼とナイフのぶつかる音が空中に響き渡った。






「相変わらず逃げ足だけは、速いんだね」
「それ、褒め言葉?」

苛立った様に長い髪をグシャグシャと乱すイルミを、私は珍しいと思いながら見ていた。
いつも冷静沈着。ポーカーフェイスは当たり前。
そんな能面みたいな顔を歪めるイルミを見たのは何年ぶりだろう…。きっと、十年は軽く見ていない。

「イルミ!あんた少し、人間臭くなったんじゃない?」
「馬鹿言わないでくれる?」

どうせ解りきっていた事だが、廃墟を出てすぐに捕まったから、大人しく近くの瓦礫に腰掛ける。イルミは、乱れた髪を手櫛で梳くと怠そうにこちらへと歩いて来る。

「いい加減、諦めたら?」
「何を諦めるってんのよ?」
「運命から逃げる事に、だよ」

運命なんて一番信じていなさそうな男が当たり前の様に口にするから、私はポカンと口を開けて呆然としたのち、腹を抱えて笑った。
笑い転げて動かない身体を、イルミが嫌そうに運ぶ。
お姫様抱っことかなら、胸がキュンキュンするのに肩に担がれて米俵扱いされる私は、キュンキュンする訳もなく、イルミの飛行船に連行された。
連行される間も笑っていたから、イルミはさぞ煩いと思っていた事だろう。ざまあみろ。








「で、何の薬飲んでんの?」
「もう寝るから黙って…」
「…」

数時間は飛行船に軟禁されて、私はもうクッタクタだった。目蓋が異常にくっつく。今なら永眠も簡単に出来るかも知れないと、本気で思った。
久しぶりに来たから何だという態度で、勝手知ったるイルミの自室まで押しかけ、広いベッドに横になる。後ろからついて来ていたイルミに、何故か抱きまくら宜しく抱きしめられながら死んだ様に眠りについた。
残り数件の暗殺任務をどう言い訳しようかなんて、起きてから考えようと思うくらいには眠たかった。





翌朝、バッキバキに固まった身体に悶絶しながら起きた私は目の前で眠るイルミに驚いて文字通り固まった。
私の身体が固まったのは、ずっとコイツに抱き締められていた所為だろうと思うと腹が立ったが、良く見れば数日寝ていないのか、美人な顔にうっすらと隈が出来ている事に気付いて殴るのはやめておいた。

「…」

ほんの僅かな隙間をすり抜けて、イルミの頬へと触れる。指から伝わる冷たい感触が、冬という季節を実感させると同時に昔から彼は低体温だったと思い出させた。
しばらくの間あのままイルミの抱きまくらになっていた私だったが、途中で様子を見に来たゴトーさんに助けてもらい、今は無駄に広いイルミの自室で一人紅茶を飲んでいる。傍らには勿論、薬が置いてある。
これはゴトーさんにお願いをして貰った物だ。
先程の分も合わせて、一気に10粒ずつ飲み込んでいく。薬を欲する身体に合わせているかのように、喉に引っかかることなく飲み干せた。

「勝手に抜け出すとか、殺されたいの?」
「あ、イルミ。おはよー」

細くしなやかな手のひらで頭を掴まれた私は、何も出来ず腕の動きに合わせてプランと揺れる。
目の下の隈はまだ取れてなくて、眠そうなイルミが少しだけ心配になった。いや、私より体力も気力もあるって事は理解しているのだが、ここまで弱っているイルミは初めての事でどうしても戸惑う。
最低な幼なじみだけれど、やっぱり私の幼なじみなのだ。心配くらいはする。
私の心配をどう受け取ったのか、イルミは眠そうな瞳で私をぼんやりと見つめ、3人掛けソファに横になると私の膝を枕代わりにまた寝始めた。
流石に寝すぎだろうと思ったが、安らかな睡眠は誰にだって必要で、私は寛大にも膝で眠るイルミを許してあげた。
数時間後、痛くなった腰と膝に誓って二度と膝枕なんぞしてやるものか!と思ったのは多分、私のせいじゃ無い。











私がどうして薬を手離せなくなったかなんて、あんたの所為だと言えたならどんなに楽か。
初めての任務で血の臭いに酔った私に不躾にもキスなんてしてくるから、血の臭いがするというだけであの時の事を思い出して、気分が悪くなる。
暗殺家業を継いでいる身には、最悪の病いである血液恐怖症。この症状に気付いた時は絶望して死のうかと思ったくらいだ。
そもそも、私の念は体内の血液を使用するもので、精神が乱れると血液を多く使ってしまって直ぐに貧血を起こす。それを防ぐ為の増血薬は形こそドラッグに似せてあるが、それは血液恐怖症という事を周りに知られないようにする為のもので、それ以外の意味はない。
思い起こしていくと、また気分が悪くなる感じがして薬の入ったケースを掴む。有りっ丈の錠剤を取り出して、口に含むと少し気分が落ち着いた。

「ふーん…ナナシの依存は俺の所為なんだ」
「は…?」
「その異常摂取、俺のキスが原因なんでしょ?」

いつからイルミは人の心を読めるようになったのか…。私の心は全て相手に読まれていた。

「でも、思い出したから気分が悪くなったわけじゃ無いと思うけど」
「何が言いたいのよ」
「だからさぁ…一定量以上を摂取した事で感覚が麻痺して通常が異常だって、脳が勝手に勘違いしちゃってんじゃない?」

だって、さっきまでお前の血の量は普通だったよ?
そう当然の如く呟いた男に、幾つか物申したいけれど、なんか納得した。

「いきなりってのは危ないから、ちょっとずつ減らして行こうか」
「…なんか禁煙する親父さん達の気持ちが分かりそうな気がする」
「似たようなもんだし、仕方ないんじゃない?とりあえず、明日から仕事は休む事。…分かった?」

こんな幼なじみの関係しかない女の面倒を、何処まで見る気なのか。
お人好しのイルミに呆れながら、彼の言う通り仕事を全てキャンセルにして少しの間お休みを貰うことにした。親も何故か納得していたし、私の禁薬生活は好調なスタートを切りそうだ。
ルンルンとした気分で、用意されたスケジュールの紙を目で追っていく。全てイルミの手作りだそうだ。

「ありがとね」
「俺の所為って言われたら責任くらい取るしね」
「う…本当にアリガトウゴザイマス」

別に良いよって言ったイルミの顔がいつもより数倍は優しくて、また気分が上がった私だった。それなのに後日、無理な過剰摂取による目眩や貧血は収まった私にイルミを始めとしたゾルディック家の人達が結婚を勧めて来たのは計算外だった。

しかも、相手はあのイルミ…。

何だか謀られたみたいで、釈然としない気持ちのまま、結納を済ませた私だった。



end





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後書き
色々と説明したい所があるのだけど、これだけは言っておく。
イルミは最初から狙ってました。
ついでに、イルミの寝不足は夢主の残ってたお仕事を代わりに片付けたからです。




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