HUNTER×HUNTER
□透明になった彼女
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―…後悔しても、君はいない。
「イルミ、聞いて!」
「何?」
「私、念を扱えるようになったの!」
読書の邪魔をしてきた幼なじみは、嬉しそうに…いや、実際嬉しいのだろう。部屋を、飛び跳ねて喜びを露わにしていた。
感情豊かな彼女らしい表現の仕方を、俺は無表情で受け止める。すると、彼女は頬を膨らまして俺を睨んできた。
十年も変わらない遣り取りをしてから、俺は彼女の一部分を凝視し問いかける。
「その足、どうしたの?」
「へ?」
彼女は、俺が指差す方向を見て一人で納得したかのようにまた笑い始めた。
「あぁ、私の習得した念は透明になれるんだよ!」
「透明?」
頷いた彼女は透けてぼんやりとしか輪郭のない足を見せびらかすように、ワンピースをたくし上げた。
別に彼女の下着なんて全然興味ないから、遠慮なく足を更に凝視する。
足の付け根からつま先に少しずつ透明になっているようだけど、足の付け根はちゃんと色も形もしっかりしていた。多分、問題はないんだろう。
「念を強めればつま先まで見えるようになるよ?」
「もうワンピース降ろしなよ」
年頃の男女がするような事ではないと、ようやく思い立ち、彼女の手からスカートなる布を抜き出す。布は重力に導かれるまま、正しい位置に戻りふんわりとしたワンピースに戻った。
そんな俺の気遣いなんて、何にも知らない君は屈託なく笑って、俺と同じになれたと喜んだ。
「これからもっともっと修業して、立派な暗殺者になれるよう頑張るね!」
それから彼女は、足を全て透明に出来るようになった。次に下半身全体を自然体に消せるようになり、上半身も半分まで順調に消せて行ったいき、今では一瞬だけだけど全身を透明に出来るようにもなった。
しかし、そこから先が上手く行かないらしく、長時間消しつづける修行は進行しずらくなった。
父さんは、精神が修行を阻んでいるとか言っていたけど、あんなに念を習得して喜んだ彼女が修行を拒絶する筈はないと決めつけて、気分転換にと彼女をピクニックに誘い出した。
ピクニックで誘った時に、悩みを聞いていてやれば彼女はまだ存在していた?
父さんの言葉を真っ向から否定した俺には、その愚問を口に吐き出す事は一生出来ないんだと自嘲している。
「いい天気だねー!」
「はいはい…」
緩い斜面には、生えたままの雑草が絨毯を作っている。風もそよそよと気持ち良く流れ、ピクニックするには最適だった。
そんな光景に、暗い顔ばかりしていた最近の彼女は子供のようにはしゃぎ出し、連れて来て良かったと安心して寝転んだ。
少々、服が汚れても関係ない目の開けば真っ青な空が、これでもかと広がってる。
思わず手を伸ばして空を捕まえるような素振りを何回かする。当然、手には何も掴めていないだけど、意味もなくそれを繰り返した。
静かになったと、彼女を視線だけで探せば自分の隣で、同じように寝転んで大分薄くなった左腕を空へと伸ばしていた。
「空、捕れた?」
「捕れるわけないじゃん」
「私は掴めるよ?」
戯言だと、近くに寄ってナナシの手を見れば、確かに透明になりかけた小さな掌には、空が映し出されていて、まるで一部分を捕まえたように見えた。
「イルミが出来ない事を、私が出来たなんて初めてなんじゃないかな…」
「そうだね」
「酷い…けど、嬉しいなぁ。最後に、イルミと過ごせて…」
「え?」
不吉な事を言う彼女を確認するべく視線を手から彼女自身に向けると、涙を流しながら彼女は楽しそうに嬉しそうに笑っていた。それは、念を習得した時に、真っ先に俺に見せた笑顔に凄く似ていた。
捕まえようと手を伸ばしても、空を捕まえようとした時と同じく彼女に触れる事が出来ない。
絶望しながら、彼女が『ありがとう』といった瞬間に、風が吹き荒れて反射的に瞬きしてしまえば彼女の姿はもうなかった。
これは俺の推論でしかないけど、彼女は薄々こうなると気付いていたんだと思う。
彼女の親にピクニックの件を話して聞かせたら、親族の何人か一人。透明になれる念を習得出来る者が現れて、修行の終わり頃になると忽然と姿を消すんだそうだと教えてくれた。
彼女が消えた草原で、彼女を掴む振りをしながら少しだけ泣いた。
透明になった彼女
-君の全てが、まだ鮮明過ぎる程残ってる-
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後書き
念の能力は『透明になれる』ではなく『透明になる』という習得が完了したら戻れなくなる能力でした。
彼女は死んだわけではなく、物体の干渉と見られるということが無くなる能力なのでイルミ周りをチョロチョロしてます。
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