愛を惜しみなく


□Don't Worry, Baby
1ページ/1ページ


水辺にいるあれ、を、わざわざお部屋まで来てくれた慎ちゃんから手渡されて。
不意のことで、こわさのあまりに気を失ってしまったのは、黄昏時のこと。
ずっと付いていてくれた武市さんにも、よかれと思って採ってきてくれた慎ちゃんにも、

「・・・やっぱり、迷惑かけちゃった」

夕ご飯の片付けをして、お風呂をいただいて。
お部屋まで戻ってきたけど、障子にかけた手は、どうしても動かない・・。

「・・『大丈夫』って、言ってくれ・た・・もんっ!」

髪を撫でながら言ってくれた武市さんの言葉を思い出して、自分に言い聞かせるように、声に出してみるけど――。

・・ダメ、やっぱり、こわい。

あれ、が、いたところに、一人で眠るなんて、絶対に、できない――っ。
っていうか、この手は、障子を開けることすら、できなくて。

どれくらいそうしていたのか―――。
隣の部屋から、武市さんが、顔を覗かせてくれた。

「湯冷め、しますよ」

障子に手をかけたまま、固まっているわたしを見て、声をかけてくれる、けど・・・。

「・・・・・・」

近づいてきた武市さんから、墨の香りが仄(ほの)かに漂う。

きっと、お仕事中・・なんだよね・・。

邪魔をしたくなくて、何にも言えずに、その顔を見つめるだけのわたしを、

「・・おいで」

自分の部屋に入れてくれた。

* * *


向かい合って座ったわたしに、武市さんは、ふわり、と微笑む。
それだけで、ここはこわくないんだって安心してしまうけど・・・わたしのお部屋には・・。

「あれは、もう君の部屋にはいないが――まだ、怖い?」

あれ、の名前を言わずに、やさしく訊いてくれるから、こくん、と頷(うなづ)いた。

「さて、どうしたものか」

武市さんは「気を失うほど、だったのだからね」と言って、わたしを見つめ、思案顔をする。

「・・一人で、お部屋にいるのは、ちょっと・・」

「無理そうかい?」

「・・はい・」

自分ではどうしようもない、こわさ、が、まだわたしを捕らえているから、どうしたらいいか、なんて判らなくて。

「・・・今宵、自室で眠れなければ、きっと、部屋に入れなくなってしまうよ」

わたしが、あれがいたお部屋までこわがっていることを、武市さんは指摘する。

「・・それは、そう、だと・・・思うんです。でも・・・」

「一人じゃなければ、大丈夫なのか?」

「・・・わかりません」

涙目になってきたことに気付かれないように、俯(うつむ)いて、瞬きをしていると、

「試してみよう」

武市さんは、わたしをお部屋に促す。

「・・・っ!」

思わず、首を振りそうになったけど。
一人じゃないなら、武市さんと一緒なら・・大丈夫、かもしれない・・・?
差し出してくれた掌に、手を預ければ、握り返してくれるから、わたしは、おそるおそる、お部屋に入る。

* * *


お蒲団を敷く間、我ながらこわがり過ぎって思ったけど、武市さんに、夜着の袖を捕まえててもらう。

・・・こうしててもらえれば、大丈夫。
でも、やっぱり一人では、眠れる気がしない・・・。

お蒲団に入れずにいるわたしに、

「・・ああ、僕がいると、眠れないかな」

武市さんは、気を遣って、わたしの袖を離そうとするから。
――思わず武市さんの手に、縋(すが)り付いてしまった・・・。

「・・っ、ご、めんな、さい」

夕方からずっと、絶対にお仕事の邪魔してる。
迷惑、かけたいわけじゃないのに・・・。

「蒲団に、お入り」

武市さんは、顔を上げられないわたしを覗(のぞ)き込んで、ふわり、と微笑む。

「こうして、手を離さずにいるから」

繋いでいない方の手で、お蒲団を捲(めく)ってくれるけど。

・・・やっぱり、ダメ・・。

「・・あの・武市さん・・・」

「ん?」

やさしい微笑みに励まされて、続ける。

「・・・手を繋いでるだけじゃ、こわくて・・お蒲団になんか、入れません」

「・・・・・」

「・・今日はずっと、お仕事の邪魔、しっぱなしで・・ごめんなさい・・でも、あの・・・」

必死の思いで、「今日だけ。今日だけでいいので、一緒にいてくださいっ」って、お願いを言葉にすれば。
武市さんは、きょとん、としてから、何故だか顔を朱(あか)くして・・・笑った。

繋いだ手は離さずに。
武市さんの胸に、おでこをぴったりつけて。
包みこまれる安心感に、やっと、こわさから解放される。

大きな掌に、背中をあやされて。
わたしは、幸せな眠りに、おちていった――。


"Don't Worry, Baby"了
2011.05.27.up at web拍手ss
2011.09.10.up at 愛を惜しみなく


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ


©フォレストページ