【AMNESIA】短編

□王子様の憂鬱
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夏休み中に見かけた彼は、仄暗い顔をしていて。何故だか怖くて話しかけられなかった。




私がトーマくんと出会ったのは高校の一年の時。

顔も頭も良い上によく気がつくお兄ちゃん気質で、人当たりも良く、かなりモテていた。
話すようになったのは高校二年。お互いクラス委員になってからだった。


「……トーマくんさぁ。チサのこと振ったんだって?」


クラス配布用の資料をまとめている時、ふと思い出して尋ねた。
トーマくんが手にしていたプリントを床に落として咳き込む。訊くタイミング、間違ったな。


「意外。トーマくんも動揺とかするんだね」
「いや、お前俺を何だと思ってるわけ」
「驚異的ポーカーフェイス」
「……まぁ、間違ってはないけど。それで?『みんなのお姉さん』のお前は、泣きつかれたの?」


口元に手をやるのは、考える時の癖だと知っている。うーん、これは何か勘違いされたかな。


「別に、復縁も復讐も頼まれてないよ?ただ、同じ文句で承諾されて、振られる子が多いな、と」
「なに、お前もしかして毎回泣きつかれてるの?」
「えぇ。人当たり良いフリして他人に興味ない誰かさんの、数少ない女友達として、ね。私は駆け込み寺かしら」
「……あ〜、うん、ごめん」

わざと嫌味っぽく言うのも、それを苦笑いで応対されるのもいつものこと。
トーマくんが、一人の女の子しか大事じゃないことなんて、もう気づいていた。一学年下の可愛い女の子。


「好きな子がいるなら、最初から断れば良いのに」
「……諦めなきゃいけないんだよ」


ため息まじりに遠い目をされても、私には理解できない。どう見ても両想いだと思うんだけど。


「トーマくんの好きな子って、一年のあの子でしょ?名前知らないけど。肩くらいまでの髪の、可愛らしい」
「……いや、あいつは幼なじみで」
「トーマくん?私を誤魔化せると、思ってます?」


伊達に一年以上も見続けてきた訳じゃない。トーマくんがいつも誰を見てるかなんて、分かってる。


「……降参。お前の言う通りだよ。でも、生まれた時から知っているんだ。今さらどうにもできないよ」
「意外と、臆病なのね」
「いや、だからお前、俺を何だと思ってるの……」


脱力してプリントの山に突っ伏したトーマくんに謝りながら作業を再開する。
両想いってことは、教えてあげない。私の想いに気付いてくれない彼へのささやかな報復、だったのかもしれない。





あれから3年。相変わらず私とトーマくんは友人関係を続けている。

夏休みに見かけた彼は、鬼気迫るオーラを放っていて、声がかけられなかった。
直感的に、あの子と何かあったのかもしれないと思った。トーマくんが感情を表に出すのはあの子絡みの時だけ、だから。


夏休みの彼を気にしつつも、後期が始まってもしばらくは会うこともなかった。同じ大学でも、学部が違うとなかなか会わないものだ。


そして今日。久しぶりに会ったトーマくんは、あの子と手を繋いで歩いていた。
……そっか、やっとくっついたんだ。


「トーマくん久しぶり。最近どう?」
「おー、久しぶり。俺は相変わらずレポート地獄。そっちは?」


努めて何でもないように話しかけると、トーマくんは隣の彼女に断って足を止めてくれる。……彼女は、何だか私を凝視してるけど。


「私は実験漬けだよ。ほぼ泊まり込み」
「うわっ、泊まりはさすがに勘弁。工学部って大変なんだな」
「まぁね〜、相手が人じゃないからね。……と、彼女さんごめんね、私は高校の時のクラスメイトで……」
「知ってます。リン先輩ですよね?友達にファンクラブに入ってる子がいて……」
「「え……?」」


トーマくんとハモる。
ファンクラブ、って……なんのこと?


「お前、ファンクラブなんてあったの」
「いや、私も初耳なんだけど……あの、えーっと」
「あっ、マイです!はじめまして!」
「あ、うん。はじめまして。で、マイちゃんごめん、その話もう少し詳しく教えてもらえないかな?時間があるようなら、学食とかで」



その後しばらく、学食で3人で話した。
トーマくんには、一応おめでとうと伝えておいた。
経緯について探りを入れたら「色々あってさ」とかわされたが、あの表情からすると、何かしら事件があってのことだと想像できる。
夏休み見たあの負のオーラ全開のトーマくんは、恐らくその関係、か。



「っと、私が引き留めておいて悪いんだけど、実験の経過見と作業にいかなきゃ。トーマくん、マイちゃん、またね」
「おう、頑張れ」
「はい、いってらっしゃい」


ニコニコと手を振る二人に見送られながら数歩進んでから、ふと思い立って振り返る。


「マイちゃん、トーマくんに意地悪されたら、いつでも相談においで。なぐさめてあげる」
「意地悪なんてしないよ」
「そうかなぁ、トーマくんって、好きな子いじめたいタイプじゃない?」
「……そうかも」
「お前ら、俺を何だと思ってるわけ……」


ニヤニヤと見つめる私と、小首を傾げながら同意するマイちゃんに、トーマくんがテーブルに手をついて頭を抱える。
ごめんね。私も、好きな子いじめたいタイプなんだ。


「ごめんごめん。じゃ、今度こそ行くね、あ、あと、お幸せに!」


笑顔で手を振れば、トーマくんとマイちゃんは一瞬顔を見合わせて、同時に「ありがとう」と言った。
本当に、お似合いだなぁ。
私も早く良い男見つけなきゃね。





その後は、実験のことだけを考えて足早に実験棟に向かったから、私が歩き去った後に、トーマくんとマイちゃんがどうしたのか、なんて、私の知るところではない。







「ところでマイ、リンのファンクラブに入ってた友達って……」
「女の子だよ?」
「やっぱり。あいつ昔からやたら女の子にモテるからなぁ」
「美人だし、サバサバしてるし、女の子に優しいしね。『王子』って呼ばれてたよ」
「……王子、ねぇ……」

小柄な美人なのに王子か、可哀想に。とトーマ君が呟いたことなんて、私は知らない。



↓あとがき
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