短編

□本物以外はいらないの
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「ねぇ」



そう言って私を後ろから抱き締める上司兼同期。背中に感じる意外にもがっしりとした比企の体つきにはもう慣れてしまった。

得体の知れない何かを持つこの男と不毛な関係を続けて早数年。飽きもせず毎週私と一夜を過ごす彼は何を考えているのか。



「寝てるの? 名前」



この時だけは、彼は私を呼び捨てにする。それもとびきり甘くてクセになる声で。



「起きてるけど」

「考え事?」

「えぇ。比企真孝という人間の得体の知れなさについて、ね」



そう言うと酷いなぁと比企は笑った。言葉と表情が噛み合っていないのは最早スルーだ。



「僕のドコが得体の知れないの?」

「全部」

「こらこら。具体的に言ってよ」

「だから、全部まとめて得体の知れない感じがするのよ。分かってるくせに」



私を抱き締める両腕を払って起き上がり、床に散らばった服を身につけていく。



「どうしたの?」

「帰るわ。もう日付変わっちゃってるし」



日曜日に比企といる理由は無いから、と身支度を整えて部屋を出た。黒のローヒールのパンプスに片足を突っ込んだ時、



「ダメ。行かせない」



ぎゅっと抱き締められる。抜け出そうとしてもさらにキツく抱き締められ、私は仕方なく振り返った。

そして絶句した。比企は行かないでとでも言いそうな、らしくない表情をしている。



「比企……?」

「行かせないよ、名前」

「……放してよ」



男には勝てない。昔梶山にそう言われたのを思い出した。そんなこと分かってるわ、と返した記憶がある。

今だって比企に力一杯抵抗しているのに、体力だけ消耗して抜け出せないでいるんだから。



あぁ、泣きそうだ。でも泣いたらそれこそ重い女だ。そんな風に思われたくない。

でも本気で好きになってしまったから、遊びの関係が辛いの。



「僕といるのが嫌?」

「………嫌よ。いつまでもこんな関係、続けたくないの。
もう三十過ぎたし、いい加減落ち着きたいのよ。だから、」



本物以外はいらないの、と強がりを吐く私は本当に可愛くない女よね。

ほら、比企は黙ったまま。あぁこれでこの関係も終わりね。俯いた拍子に我慢していた涙が溢れ落ちた。






風雅様よりお借りしました




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