LAST EXILE
□序章
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暗い夜の帳をなくすかのように、夜空を照らすそれは広域に広がる炎だった。炎は一つの¨国¨を覆い尽くし飲み込んでいた。
その国は、女神が人の姿に成り代わり降臨した¨現人神¨がいるといわれた神聖な国だった。
今はもう跡形もないほど壊滅したその国の姿を、遠く離れた場所から一人の女が虚ろな目で見ていた。よく手入れされていた髪や肌には乾いた血や煤がついていた。
炎で燃える国の姿を見ていた瞳から涙が一つ、こぼれ落ちた。血で汚れた頬を流れ落ちた涙は、女が抱いていた子供の頬に辿りついた。
子供も女同様、血や煤で全身が汚れ見るも無残な姿だった。
その子供が再び目を開けることは永久にない。子供はすでに事切れていた。
女は燃える国から死んだその子供に目を向けた。彼女の瞳からまた涙がこぼれ落ちた。そして、その秀麗な顔は一瞬にして歪んだ。嗚咽を抑えきれず、女は肩を震わせながら地面に膝をつきうずくまった。そして、死んだ子供を力強く抱きしめる。
悲痛な声を漏らし子供を抱きしめる様子は、再び子供が生き返ることを懇願するようだった。しかし、死んだ子供は生き返ることはなかった。
女の頭に生前の子供との輝かしい思い出が走馬灯のように駆けめぐる。
いつも心を満たしてくれた満面の笑顔はもう見ることはできない。抱き上げることも、その時にあげるであろう楽しそうな声も。何もかも、見ることはできないのだ。
血で汚れた手で頬を触れれば、感じるのは冷たさだけ。桜色に染まっていた頬は色をなくしていた。
本当に、死んだ。
その事実を再確認したことで、底のない絶望が女を襲った。
「――――様」
女は子供の名前を呼んだ。しかし、返事が返ってくることはない。
何故だ。何故こんなことになった。
答えはもうわかっていた。
女はゆっくりと顔を上げた。その顔は憤怒と憎悪、深い殺意を孕んでいた。澄んでいた瞳は暗い色に淀んでいた。
女の口から呪詛がこぼれた。
女にとって唯一無二のこの国を、大切な人達を汚し殺した奴らへ対する呪詛だった。
許さない。決して許さない。
この国が、この国に住む人達が辿った絶望を彼らにも味あわせてやる。
女の顔は復讐者の顔へと変貌していた。
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女は事切れた子供の頬を撫で、その胸に手を置いた。その瞬間、女の手は淡い青の光を帯びはじめる。
女の顔が苦痛に歪んだ。
今、彼女がしようといるのは禁忌の術の発動だった。それは、決して一介の人間がしてはいけなものだった。
等価交換。
禁忌を犯せばそれに伴う犠牲を差し出さなければならない。
女は決めていた。自分自身を捧げる、と。自分の命を差し出すほど、彼女はこの事切れた子供に忠誠を捧げていた。
淡い青の光は次第に輝きを強め、その色も濃さを深めていった。
女の手や顔を、黒い文様が浸食し始めた。女は精神をも苛むその浸食の苦しみから目を細めた。しかし、その目は子供をとらえ、黒い文様に染まった手や腕は子供をしっかりと抱いていた。
彼女の口が子供の名を囁いた。
「――――死なせはしない。…生きてください」
もう一人のあの子と共に。
あなた達を傷つける者も、この残酷な世界もすべてなくしましょう。
二人が笑顔でいられる世界にするためなら、どんな犠牲もいとわない。それがたとえ自分自身だとしても、私はいくらでもこの命を差し出しましょう。
すべてはあなたと、あの子のために。
そしてあの方のために―――。
その日、一つの国がなくなった。
そして同時に世界は大きく変化した。
――――すべては、ここから始まった。
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