LAST EXILE

□第二章
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【friend in hometown】

(故郷の友)



「───陛下、今日はもうお休みくだされ。疲れが顔に出ておるぞ」

年老いた声が国王の私室に響いた。

声の主は、アルカディア神聖国随一の大晶術師マクスウェル老だった。宮廷晶術師筆頭のうえ、晶術の権威であり国立アカデミー学長兼任、また政治世界でも手腕を振るう賢人である。そんな沢山の肩書きを持つ彼は、ソファーに座り紅茶を飲む主であるカシェルを見た。

「………」

カシェルはマクスウェルの声に返事をせず、香り豊かな紅茶を味わっていた。そんな国王にマクスウェルはため息を吐いた。

「ここ最近、ろくに寝ておらんだろう。執務に没頭してしまうのは、陛下の悪い癖じゃぞ」

カシェルは紅茶をテーブルに置いた。

「こんな状況で寝れるわけないだろ」

「状況、というと例の案件のことかの」

「あぁ…。保守派、アルバニア伯達の動向はどうだ」

カシェルは目だけマクスウェルに向けた。その目は鋭く、威厳が漂っている。まさに“王の目”だ。
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普通の人間なら怯えるほどの眼力だ。しかし、マクスウェルはそんなカシェルの鷹のように鋭い視線に微塵も同様しない。これも重ねた年の功だろうか。マクスウェルは豊かな髭を撫でながら思い出話でもするかのように話した。

「あぁ、あの小輩どもか。表向きには平然としておるが、内心焦っておるだろうな」

小輩と言って馬鹿にするマクスウェルの脳裏には、王宮に巣くう保守派の筆頭であるグレゴリウス・フォン・アスタロテ・アルバニア伯の姿が浮かんでいた。彼をトップとしていくつもの保守派が存在し、彼らは貴族主義であったかつての社会を維持することを掲げ、何かといってその旧体制を壊す革新派であるカシェルを攻撃するのだ。だが、そんな彼らの批判や攻撃にカシェルは微塵もうろたえたりしなかった。

だが、二人の頭の中を占めるのは保守派のことだった。悩みの種とも言っていいのかもしれない。今この会話もその保守派に関係する話であった。

「だろうな。アイツらは俺達がどう考え行動しているかついていけてない。愚鈍な奴らだ。過去の遺物さ」

“過去の遺物”。マクスウェルはこの言葉に目を細めた。
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「ならばこの老いぼれ爺も過去の遺物じゃの」

カシェルは口元に笑みを浮かべた。

「違うな。俺はお前をあのゴミ共から掘り当てた。あんな奴らと一緒にするな。お前は有能だ」

『ーーーこんなところで捨てる命なら、俺が拾ってやる』

かつての幼いカシェルの言葉がマクスウェルの脳裏に甦った。

マクスウェルは嬉しそうに笑った。その手は、癖なのだろうか、依然として長い立派な白髭を撫でている。

「これはこれは。あまり期待をせなんだ。儂は重圧に弱いからの」

カシェルは苦笑いをし、嘘つけと呟く。この老人、言っていることと日常の行動が矛盾している。

カシェルはため息を吐くと、ソファーから立ち上がる。そして自身の寝室へ足を進めた。

マクスウェルはそれをただ見つめていた。

「───マクスウェル」

寝室のドアノブに手をかけながら、カシェルはマクスウェルに口を開いた。マクスウェルはカシェルの言葉に耳を傾けた。

「引き続き保守派を監視しろ。もし行動に出たら───」

「安心せい。監視態勢は万全じゃよ。なんせあの“黒狼”じゃぞ。安心せい」
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“黒狼”。王直属の暗殺集団である。彼らは王の手足となり王の命令に忠実に従うのだが、例外でマクスウェルも彼らを動かすことが出来る。何故ならば、黒狼を組織したのはマクスウェル本人だからだ。

カシェルはフッと、有能な腹臣に笑みを浮かべた。そして、寝室へと姿を消した。

「………」

そのままカシェルは寝台に横になる。そして、その大きな手で前髪を掻き上げた。

『───王というのは』

目を閉じながら、脳裏に過去の思い出が浮かんだ。

禀とした表情。

自分と同じ境遇だった彼女。

自分を理解してくれた大切な友人。

『王というのは、先がわからないことまで見据えて答えを出さなきゃいけない。でもその答えが間違っていたら周りから責任を厳しく問われる。まったく、王なんて役職、くそくらえだ』

『女がそんな言葉使うなよ』

『違うよ。カシェルがこの前言った言葉を引用しただけさ』

二十年前、そうして言葉を交した。

『カシェル…、私達は同じだな。境遇も掲げる意思も何もかも』

そして彼女は笑顔を浮かべ言った。

『ねぇ、これから何年、何十年経っても、遠い所にいたとしても、私達は友達だぞ』

あぁ。

当たり前だ。

だからこうして“俺達”は頑張ってきたんだ。

「───邪魔されてたまるか…」




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