青学short

□嗚呼、どうか
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待ちに待った金曜の放課後だって言うのに、憂鬱。

それでも誰よりも早く帰りの支度を済ましてHRもそこそこ適度に流して一番に教室を出た。塞ぎ気味に早歩き。顔を上げたらお終いだもの。


「陽!」


廊下に響いた彼の声。絶対に上げまいとしてたのに、彼の声が耳に届いた瞬間に、私は反射的に顔を上げた。

嗚呼、見てはダメよ。
パンドラの箱のように、思いは留まらないのだから。

彼の隣の女の子。可愛くて小さくて愛らしい、とても素敵な女の子。天はニ物を与えない、なんて諺は嘘なんだわ。だってほら、神様はあの女の子が大好きだから、ニ物も三物も与えて、彼の隣に置いている。

叶わない、なんて事は自分の気持ちを知った時から分かってるのよ?でも治まらないの。だってそう言うものでしょう?





『陽は誰か好きな人がいるのかい?』

『いるわ。とっても近くに』

『そうなんだ。ふふ、叶うといいね』

『そうね。そうなれたら嬉しいわ』





あの時「無理よ、」なんて言う勇気はなかった。貴方の前でなんて、言えるはずもなかったの。そんな少女漫画みたいな夢物語、主人公じゃない私には、到底無理だわ。


「陽?大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。どうしたの?」


貴方が私のために見せる表情。嗚呼、このまま閉じ込めてしまえばいいのに。


「今日から彼女と一緒に帰ることになったって、テニス部の皆に伝えてくれないかな?」


残酷な死刑判決のような言葉。できれば貴方の口から聞きたくはなかった。

あの日、夕日に染まった教室で彼に言われた言葉が頭を過る。





『陽!僕、好きだった子と付き合うことになったんだ』





あの時と同じ様に「よかったわね」なんて嘘ついて、笑顔を張り付ける。彼女が悪い子だったならまだ良かったなんて最低なことを考える自分を、無性に罵りたくなった。





あの時、貴方に思いを告げれば、今頃わたしは貴方の隣で笑っていられたのでしょうか。





嗚呼、どうか


私の心の奥底に貴方への愛が在ることを許してください。






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