陰陽師
□桜
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闇の中である。
何処からか桜の香りが、濡れ縁に漂ってきている。
この邸の主である安倍晴明と、友人の源博雅は、向かい合って座り、酒を飲んでいた。
夜の空には月が浮かび、満月ではないものの、晴明の庭や、濡れ縁に影を落としている。
二人の間には沈黙があった。
晴明は白い狩衣を纏い、庭を横目に見ながら、その紅を塗ったように赤い唇に、杯を運んでいた。
一方博雅は、しみじみと庭を眺め、何か思いを巡らせている様子だ。
「どうした、博雅。最近やけに口数が少ないぞ」
先に晴明が口を開いた。
「ん…、その……自分でもよくわからぬのだ…」
博雅が庭から視線を外し、自分の右手に持っている杯を見つめながら答えた。
「わからぬのか?」
「ああ…」
「そうか…。しかし、無理に話すことはないが、なにか思うところがあるなら俺に言えよ?」
「…ああ、わかっておるよ。」
しばらくの間、晴明はどこか寂しげな博雅を見つめていた。●●