恨み辛みの果て

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――――――…



「作兵衛」



おばちゃんが作ってくれたお粥を2、3口食べ、栄養剤を飲んで眠っていた俺の背後から声がかかった。普段は部屋で毒蛇を愛でるか、逃げた毒虫を探している毒虫野郎。基、伊賀崎孫兵だ。



「…なんだよ」
「まだふて寝してるんだ」
「っふ、ふて寝なんかしてねぇ!」
「そんなことより、あの人、怪我したんだって。生徒庇って」
「そんなことって、お前が言い出したんだろ………って、は?」



あの人が誰なのかは、すぐに察しがついた。この学園に、あの人を認めていないのは2人。つまり、俺と孫兵しかいないのだ。

先生方ですら、あの人の味方になってしまっている。こんな状況じゃ、下級生2人が集まったところでどうにもならない。



「用具倉庫で、しんべヱを庇って縄梯子のシャワーを浴びたって数馬が。まあ、怪我と言っても打撲だけらしいけど。」
「縄梯子って、あれ相当な量あるんだ。打撲で済んだのは、ラッキーだったな…」



はぁ、と無意識に息が漏れた。それは安堵から来るものだ。

慌てて口を塞ぎ、孫兵にバレていないか伺い見た。孫兵は目を閉じたまま微動だにしない。バレていないようだ。



「作兵衛は、あの人が天女じゃないって思い始めているようだね」



バレてた。



「そんなことっ…」
「隠さなくていいさ。実は、僕もあの人を信じ始めているんだ。何度あの人は天女だと自分に言い聞かせても、やっぱりあの人は雅先輩なんじゃないかって、思ってしまう」



同じだった。

あの人が俺を訪ねて来た時から、どうしても憎めない。天女だと思えないんだ。



…そ、だよな。突然現れて、こんなことされても混乱するよな。うん、悪かった

でも、せめて飯は食ってくれよ。みんな心配してるし、せっかくおばちゃんが作ってくれたんだから、さ




なんで、なんで優しいんだよ。前の天女みたいに、暴力に訴えて、めちゃくちゃに罵れよ。

なんで、そんな悲しそうに笑うんだよ。

あいつみたいに、最低な女だったら、顔や声が同じでも嫌いになれたんだ。それなのに、あの人は優しすぎて、愛しささえ覚えてしまう。



「僕は実際に会った訳じゃないから、深くはわからない。でも、遠くから見ていたんだ。警戒心の強い彦四郎や庄左ヱ門が、彼女になついてるところ」



自然と想像できてしまう。あの2人、特に彦四郎は雅先輩が大好きだったし、尊敬していた。実践に弱くて、怪しい人物には一切近づかないあいつが、なついていた、なんて。



「作兵衛は実際に会ってるし、会話もした。だから、余計に気になってしまうんだろ?さっきも、怪我が大したことないって聞いてすごい安心してたし」
「っ…」



孫兵の言う通りだ。
あの人が怪我をしたと聞いた時、まるで氷水を背中に流されたように背筋が凍った。苦しくなって、何も考えられなくなった。

酷い怪我だったらどうしよう。

どんな怪我をしたんだ。

また、死んでしまうのだろうか。


そんな疑問が次々と浮かんできては、答えが見つからないまま頭の中でさ迷い続けた。

それが、軽い怪我だと聞いた時はどうだ。
安堵のため息が漏れ、涙が出そうなほどほっとした。



「作兵衛、先輩に会いに行こう」
「え…?」
「先輩なら、絶対に受け入れてくれる」



作兵衛、当たって砕けろ!あ、いや、砕けちゃダメか…



先輩、俺は…



「無理、だ…」
「作兵衛…」
「無理に決まってる。あんな、酷いこと言ったんだ。触るなって、お前は先輩じゃないって、言った。俺には、砕ける勇気はねぇよ…」



孫兵だけで、行ってくれ。

そう言って、孫兵に背を向けて寝た。背後に孫兵のため息と襖を閉める音を聞きながら、俺は横になったままうずくまった。
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