泡沫ノ恋

□six.
1ページ/4ページ

「ちょっ…どうしたのアンタ!」
「へっ?」
「そのケガ!」



昨日転んだ時にできた傷は案外深く、ガーゼを何重にもして包帯をきつめに巻いてきた。案の定照代ちゃんはわなわなと震え、叫ぶように傷を指摘した。



「ああ…これ、昨日転んじゃって…」
「転んだってアンタ…そんなに急いでたの?」
「う、ん…お父さん、昨日は早番だったみたいだから…」



咄嗟に出てきた嘘は、あまりにも苦しい言い訳でしかなかった。だって、“遊佐くんといるのが怖くて走って帰った”なんて、ただの被害妄想だ。彼が本格的に私に危害を加えた訳じゃないのに、私が勝手に怯えているんだから。



「…、今日の体育はムリじゃない?見学した方がいいわ」
「だっ大丈夫だよ!そんな大袈裟なケガじゃないから」
「どこが大袈裟じゃないってのよ」
「う…」
「とにかく、今日は見学しなさい」
「……はい」



照代ちゃんは優しい。
きっと、私の嘘に気づいている。それなのに、そっとしていてくれる。放置するのではなく、程よい距離で私を見守り、必要とあれば助けてくれるんだ。
































――――――…



今日の体育はバスケットボールだった。みんながわいわい楽しんでいる間、私は先生が用意してくれた椅子に座ってただその光景を眺めるしかできない。退屈だ。



(いいなぁ、バスケ…私もやりたい…)



基本的に体を動かすことは嫌いじゃない。寧ろ大好きだ。それなのにケガのせいでできないし、気分は晴れないし、もう最悪。



「天津さん、大丈夫?」
「……」



どうして、また話しかけてくるの。ケガも最悪な気分も、全てあなたのせいなのに…

そんな苛立ちから、私は遊佐くんを無視した。今は話したくない。いや、これからずっと、この人とは話したくない。



「酷いなぁ…」
「いたっ…」



ギッと、強く肩を掴まれた。それは端から見れば、具合悪そうに俯いてる私を、遊佐くんが気遣っているように見えるだろう。なんて策士な人なんだ。それだけ頭の回転が早いんだから、人を追い詰めるような事じゃなくて、人の役に立つ事をしてほしい。



「僕は、諦めてないよ。君が誰を好きなのかなんてどうでもいい。君は、僕を愛する運命にあるんだから」
「離してっ…」
「ああ…怯える君も可愛いね」



嫌だ、この人…
とことん私の嫌いな部類だ。嫌悪感が背筋を凍らせる。



「っ先生!」
「おっ?どうした、天津」
「すみません…具合が悪いので保健室に行きます…」
「そうか。1人で大丈夫か?」
「僕が付き添いますよ」



あくまでも引き下がらない遊佐くん。どうにかしてこの人から離れたいのに、いったいどうしたら…



「先生、私が付き添います」
「北石か。…そうだな。天津も、仲の良い奴に付き添ってもらった方が落ち着くだろう。北石、言ってやれ」
「はい!」
「…」



照代ちゃん、気づいてくれたんだ…!

先生に向かってニッコリ笑った照代ちゃんは、私の手を掴んで歩き出した。私も足を踏み出し、照代ちゃんの腕にしがみつくように歩いた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ