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□ツバメと少女と少年と
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 と、そこに一人の少女がやってきました。悲痛な鳴き声を聞きつけたのでしょうか、まっすぐにツバメの夫婦の元へと歩いて行って地面にかがみ込み、奥さんの亡骸を両手で包み込むように持ち上げます。

 旦那さんはその様子を見て、こう思いました。この人は神様が使わしてきた天使様で、動かなくなってしまった僕の奥さんを天の国へと連れて行ってしまうのだろう、と。

 ツバメの旦那さんは、少女を天使だと思っているようですが、もちろんそうではありません。しかし、キラキラと輝くような蜂蜜色の髪に、透き通るような白い肌を純白のワンピースに身を包んだその姿は、見る人によっては天使のように見えるのかもしれません。

「……うん、これならまだ大丈夫。待ってて、ツバメさん。今、助けてあげるから」

 少女は奥さんの亡骸をしばし観察した後、不安げに己を見つめるツバメの旦那さんに向かってふわりと微笑みました。そして、手に持っていたポーチの中に入っている携帯用の裁縫セットを取り出し、その中から針を一本抜き取りました。その針を指先でつまみ、空いている方の手の指先へと慎重に刺してゆきます。

 少女の細い指先に、ゆっくりと赤い液体がまあるく膨らんでゆきます。

 それから、爪の先を使い慎重に奥さんのくちばしをこじ開けるように広げると、その赤い液体を口の中に一垂らしして奥さんに飲ませました。

 すると……なんと言うことでしょう。閉じられていた瞳がゆっくりと開き、ピクリとも動かなかった身体を自ら起こして、翼をはためかせているではありませんか。

 それを見た旦那さんは大喜び! 

 やがて夫婦は空へと舞い上がり、まるでお礼を述べるかのように、少女の頭上を円を描くようにくるくると旋回すると、ヒナ達の元へと帰ってゆきました。

「良かった……」

「ねえちゃん? こんなところで何をしてるのかな?」

 ツバメの夫婦を微笑みながら見送り、ホッと胸を撫で下ろしている少女の元へ一人の少年がやってきました。少女よりも一回り背が低く年下であろううその少年は、とてもにこやかな表情で優しく話しかけていましたが、目が笑っておりません。話しかけられた少女はと言うとバツが悪そうに視線を逸らし、目を泳がせています。

「えっ……えっと……ちょっと、道に、迷っちゃって……」

「ふうん? 道に迷って、ね。……ねえちゃんは、道に迷うと道端で裁縫セットから針を取り出して指に刺すんだ?」

「う。……だ、だって、声が聞こえたんだもん。そしたら、ツバメさんが倒れてて……放っておけなくて、それで……」

 少女は誤魔化しきれないと思ったのか、正直にツバメを助けたことを少年に話しました。

「ああ、もう! ねえちゃんが買い出しに付いてきたいって言うから無理言って連れてきたのに、勝手にいなくなって! おまけに禁止されてる央魔の血まで分け与えて! 誰かに見られてたらどうすんのさ!」

「…………ごめんなさい……」

 そう。少女は普通の人間ではなく、央魔と呼ばれる特殊な存在で、その体内に流れる血液には、死したものを蘇らせる程の凄まじい力を秘めているのです。少年は少女を保護する"村"と言う組織に在籍する祓い手の一員で、将来は大老師となることが定められている、オーゼンナート家の正統な血筋の者だったのです。

 少年は激昂してまくし立てるように喋ります。それを聞いた少女はシュンと項垂れてしまいました。

 そして、しばしの沈黙。二人の間に気まずい空気が流れます。やがて、少年が大きなため息を一つ吐きました。

「あのね、ねえちゃん? 俺すっごい探したんだからね? もちろん心配もした。だからさ、いきなりいなくなったりしないで? 後、一度ダメって言われたことはやっちゃダメ。分かってる?」

「……うん……分かってる……ごめんなさい……」

 少女はうつむいたまま、少年に謝り続けます。少年はしばらく少女を睨んでおりましたが、やれやれと言った表情になり、もう一つため息を吐きました。

「とにかく、ねえちゃんが無事で良かったよ。もう勝手にどっか行ったりしないでよね?」

「……う、うん」

「まっ、目を離した俺にも責任あるし、姉ちゃんが少しくらい斜め上の行動するのはいつものことだからね」

 少年は少女へ悪態をつきながら年相応の笑顔で、けらけらと笑いました。

「なっ、何よそれっ。もうフレディったら……」

「指、これ貼っときなよ」

 フレディと呼ばれた祓い手の少年は、どこから取り出したのか絆創膏を少女に差し出しています。

「ああ、俺が貼ってあげる」

 少女の返事も聞かずフレディは指先に絆創膏を巻き付けてゆきます。なんとなく、少女の頬がほんのりと赤くなり、はにかむような表情になりました。

「あ、ありがとう……」

「ん。じゃあ、そろそろ行こうか。他の皆も心配してるだろうし。村に帰るの遅くなっちゃうしさ」

「うん、そうだねっ。じゃあ、行こっか」

 そうして、二人はどちらからともなく手を繋ぎ、その場を去ってゆきました。



 それからしばらくして──

 小さかったツバメのヒナ達は、大きく成長し巣立ちの時を迎えました。巣立ちを終えたツバメ達は、秋の涼しい風が吹き始める頃には海を渡り、遠い遠い南の国へと向かいます。そして、またいつか暖かくなった頃に、再び海を渡りこの街へ戻ってくるのでしょう。

 その頃には、あのツバメの夫婦を助けた央魔の少女と、一緒にいた祓い手の少年との関係も色々と変化しているのでしょうが……それはまた別のお話。

END
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