君色パレット
□君色パレット
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開け放たれた窓から、眠りこけてしまいそうなほどの緩い風が流れ込んでくる。
少し伸びた前髪が視界の隅で揺れるのを何とはなしに見やりながら、人気のない廊下を進んで行った。
「あれ、マサじゃん!こんな時間にガッコん中いるとか珍しくない!?」
急に、後ろから声を掛けられる。
振り返った先には、なんかギャルっぽいファッションの女の子が二人。
その内の一人が、緩くウェーブをかけた金髪を指先でくるくるやりながら俺を見上げていた。
「んー?あぁ、美術部にね」
間延びした声を返しながら、ほぼ反射的に愛想笑いを浮かべる。
すると彼女らは「意外」とでも言うかのように目を見開いて、「マジでぇ?何でよ」と聞いてきた。
見開かれた目につられて、これでもかってくらいに瞼に乗せられたマスカラが歪む。
「えー…、何てーの、アレだよ。友達のよしみで?」
「何ソレー」
クスクスと笑っている彼女らが言う「何ソレ」が、俺の曖昧な答えに対してのものなのかそれとも「よしみ」の意味が今イチ理解出来ないからなのかは、俺にはよく分からない。
元々は進学校だったものの、年々レベルが下がりつつあるこの高校では、生徒の素行や学力の面でもかなりの差があるのだ。
「ま、そういうことだから。んじゃ」
ひらりと片手を上げた俺に、彼女らは「えっ」と短く声を上げ、慌ててバイバイ、と手を振り返した。
(………んで、あの子らって誰だっけ?)
別に、女の子は嫌いじゃない。
むしろ好きだと言ってもいいくらいだと思う。
可愛いし、ああやって男に接触してくるところが健気だとも思う。
けれどもー。
(なんか、足りないんだよなぁ…)
執着心、とでもいうんだろうか。恐らく恋愛に多かれ少なかれ必要であろうそれを、未だに俺は誰かに感じたことがなかった。
彼女は、今までに何人かいた。でも、やっぱり何かしっくり来なかった。
そんなんだから、最近は告白してもらっても、付き合うのはお断りしていたりする。
(だからね、高校生ってのはもうちょっと誠実であるべきなんですよ…)
なんて、俺が一番誠実さに欠けてんのかも知れないけれども。
「美術室」と書かれたプレートの下の引き戸に手を掛ける。
多分、もうミーティングは終わってんだろうな…と呑気に考えつつ、引き戸をゆっくりと開けた。