鏡の中の黄昏蝶 短編

□秋の君
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「何だか、走ったらお腹すいちゃったね。帰ったらスイートポテトでも作ろうかな」
「マジで?やった」

途端に喜色を滲ませるダンテを見て、このみは微笑んだ。

「ダンテは甘いもの好きだね」
「まあな。甘ければ大抵のもんは美味いしな。苦いものとか渋いものを好んで食べる人類のが変だって聞いたことあるぜ」
「渋いのはダンテも苦手だよね。日本茶飲めないもんね」

このみがそう言うと、ダンテは茶の味を思い出したのか顔まで渋く歪ませた。

「あれは無理だ」
「本当は、和菓子とかお漬け物と一緒に頂くの。だから逆に和菓子はあんなに甘いのね」


以前桜屋から和菓子を持ち帰って、ダンテと食べたことがある。
が、ダンテに和菓子は甘すぎだったようで、甘いものが好きだと豪語する彼も早々にギブアップしていた。


「あれ、何?何であんなに甘いの?」
「こっちの人は、小豆がダメなのかなあ」
「まず豆が甘いってとこからして分かんない」

大真面目にダンテがそう言うので、可笑しくなったこのみは思わず笑ってしまう。
日本人でも餡子が苦手な人は多いし、ダンテが苦手でも尚更変ではない。


「俺もいつか、食べられるようになるかな」
「無理して食べなくてもいいんだよ」

このみがそう言うと、ダンテは少し照れたような顔をする。

「だって、このみが美味そうに食べてるもんを食えないのって、悔しいだろ」


できれば一緒に食べたいし、と続けたダンテの言葉に、このみの頬はまたもや熱を持った。
普段素直じゃない彼からそんな言葉が飛び出すなんて思っていなかったから、完全に不意打ちだった。

それをごまかすように、このみは慌てて言葉を紡ぐ。

「きょ、今日はスイートポテトだから、一緒に食べられるよ」
「そうだな」

このみの言葉にダンテは破顔した。

その笑顔が少し子供っぽくて、思わず可愛いとこのみは思ってしまった。
相手は逞しくって格好いい青年なはずなのに。


「どうした?」
「なんでもない!」


可愛い、と思ったなんて言ったら、不機嫌になった彼が復讐するためにまたこのみを構い倒すに違いない。
だからこのみは緩みそうな頬を押さえて、そう言っていた。



気が付けばイチョウ並木を抜けて、コンクリートが身を寄せたような街並みが視界に広がっていた。
振り返ると、イチョウ並木の空間だけ、そこを切り取ったかのように鮮やかだった。


「あそこだけ、別の場所みたいだね」
「あの並木道を歩いた後なら、どんな場所も殺風景に見えるな」
「来年も――」


――来年も一緒に見たいね。

そう言いかけたこのみは、これでは来年も帰れないつもりではないかと気づいて、一旦一呼吸置いた。


「来年も、きっと綺麗に紅葉してるんだろうね」


何とか、自然にごまかすことができた……と思う。

ダンテはこのみが一瞬言葉に詰まったことに気付いたようで首を傾げたが、深く追及することなく頷いた。

そのことにこのみはほっとして、前に向き直ってダンテと歩き出した。
他愛もない会話を彼としていると、心の中がぽかぽかと暖かい。


もう足元にイチョウの葉は落ちていないはずなのに、まだふわふわする。
コンクリートだらけの街並みも、いつもよりキラキラしている気がする。

心の奥底では、そう感じる理由に気付いている自分がいた。
――隣にダンテがいると、世界中が幸せに満ちたものになる。

けれど自分の気持ちを認めてしまえば、もうダンテとは一緒にいられないから。


少しでも長く彼の隣にいたいから、この気持ちに名前はつけない。



***あとがき***

両片思い、実に私得ッ!

今回は色々自分に課題を設けてみました。
最近甘い話はダンテ視点ばかりだったので今回はヒロイン視点、「○○の秋」をできるだけ入れる縛りです。

ほわほわした恋する(?)女の子の視点を書くのはなんだか楽しかったです。
ただダンテと違って明確に「好き!」と言わせることができないので、そういう点で言うと難しいです。

「○○の秋」ですが、「スポーツの秋」は追いかけっこでクリア、「食欲の秋」はスイートポテト、
「読書の秋」は苦しいけどイチョウのしおりでクリア!「行楽の秋」はイチョウ並木でOK。
「芸術の秋」は入れられませんでした、残念。

この話で言うスイートポテトはお菓子の方だと思ってください。
アメリカのスイートポテト(サツマイモ)はやっぱり日本のサツマイモとは違うらしく、
ヤム芋というお芋を使うと、日本のサツマイモを使ったようなスイートポテトが作れるらしいです。
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