鏡の中の黄昏蝶 短編

□捉え方は君次第
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* * *


麗らかな春の陽気は、寂れたスラム街にも平等に訪れる。
こちらの世界の春は比較的過ごしやすく温暖で、このみに自然と日本の春を思い出させる。

このみにとってはこの世界で過ごす二回目の春だ。
今年でこのみは、20歳になる。


事務所の中のダンテはというと……相変わらずソファーの上で惰眠を貪るというマイペースっぷりだ。

その顔にアイピローの代わりに読みかけの雑誌を乗せ、眠りこけるダンテを見て、このみは呆れたように溜息を漏らす。
雑誌を取り上げて、このみはダンテの肩を叩いた。


「ダンテ、寝てる暇があったら廊下の電球取り換えて」


その声に反応して、ダンテは唸る。
うっすらと目を開けてこのみを見るダンテは、未だ夢心地にあるようだ。


「眠い……このみも朝起きられないとか言ってたろ、シュンミンがなんとか……」
「春眠暁を覚えず、ね。ダンテの場合一年中四六時中寝てるじゃない。
あのね、廊下の電球が切れてるの。わたしじゃ脚立出さないと届かないから、ダンテが換えてくれる?」
「ええ……めんどくさい……」


そう呟くなり、ダンテはこのみが取り上げた雑誌を再び顔に乗せて寝始める。
このみは聞く耳持たないダンテの態度を見てムッと唇を尖らせた。


「もー、いい加減にして!早く起きないと、えーっと、くすぐるよ」


脅してみたものの、ダンテが起きる様子はない。

ますますムッとしたこのみは、ダンテの横腹に手をかけた。
その手を小刻みに動かして、ダンテをくすぐろうとしたのだが……。



「……ダンテ、くすぐったくないの?」
「もっとして」


このみがいくらくすぐろうと、ダンテは全く動じないどころか、更にくすぐりを要求をする始末だ。
様々にくすぐる場所を変えてみても、ダンテはクスリともしない。


「……わたし、下手なのかなあ」
「俺がお手本を見せてやるよ」


雑誌をどけて現れたのは、ニヤリと笑うダンテのあの表情だった。
このみは逃げる間もなく、ソファーの上で身を起こしたダンテに抱きすくめられ、その膝の上に乗せられる。


「うわっ、ちょ、ちょっと……!」


焦ったところで時すでに遅し。
片手でがっちりとこのみの胸下をホールドしたダンテは、もう片方の手をこのみの脇腹へと伸ばした。

長い指がこのみの腹周りを這って、くすぐったさに堪らずこのみは笑い声を上げる。


「やっ、やだっ!ダンテ、セクハラ!」


笑い声の合間に罵っても、ダンテは全く手を緩める気配がない。
このみはダンテの膝上で身を捩りながら、ひたすらくすぐりを受けているしかない。

笑いすぎてこのみが咽せるまで、ダンテは愉快そうに声を漏らしながら手を動かし続けた。

やっとくすぐりから逃れたこのみは、引きつる腹をさすりながら荒い息を漏らす。


「わ、笑いすぎておなかが……」
「俺のテクはどーよ?」
「その言い方、何だか卑猥……」


喘ぎながらぐったりするこのみを、満足げに腕に閉じ込めたままダンテは笑った。
まだこのみを小さい子供のままだと思っているのではないだろうか。

けれどやっぱり、ダンテにこれだけからかわれても、それが嫌ではない。
かと言ってこの状況を素直に受け入れることができる程、このみも余裕があるわけではないので、
顔を赤くしながらダンテの膝上からどいた。


「と、とにかく。起きたんなら電球換えてね?」
「まだその話引っ張る?」


そもそもこのみがダンテを起こしたのはそれが理由なのだから、忘れてもらっては困る。
それに夜廊下の明かりがつかなければ、非常に不便だ。
何しろ廊下には片付けを怠るダンテが積み重ねた荷物が溢れており、明かりもなしにそれを避けるのは難しいからだ。


「ほら早く」
「へいへい」

促すこのみにおざなりな返事をして、ダンテは電球を換えるために椅子を廊下まで運んだのだが……。
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