鏡の中の黄昏蝶 Another Story
□4.覚醒を促す口づけ
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* * *
「あの、大丈夫です!もう一人で寝られます!」
「2日も一緒に寝ておいて何を今更遠慮することがある。隣でガタガタ震えられると眠れないんだが?」
「だ、だってお風呂入ってないですし!」
「……そんなものお互い様だろう」
と言いつつ、このみの目が見えないのをいいことに、バージルもこっそり自らの服を嗅ぐ。
自分自身だからか、臭うかどうかよく分からない。
魔界に迷い込んで3日目だ。
結局この日も人界への道は見つからなかった。
この世界では昼も夜もなく、いつも暗雲が立ち込めている。
たまにやけに光り輝く明るい場所に出ることもあるが、それはただのまやかしに過ぎない。
時間は、このみが身につけている腕時計で確認している。
夜時間に合わせて、休息を取ることをこのみと決めたのだ。
煉瓦造りの廃墟のような場所を本日の寝床にすることにしたバージル達は、先程から共寝をするしないで言い争いを続けていた。
自分でも何故このみと一緒に寝ることにここまで固執するのかよく分からないが、引くことはできなかった。
このまま押し問答を続けていても仕方ないので、バージルはこのみを残して水を汲みに出た。
廃墟にたどり着く前、比較的濁りの少ない川があったのだ。
結界は張ったし、この辺りの悪魔は一掃したので、このみを残しておいてもしばらくは安全だろう。
バージルが手に提げているのは、このみが食料を入れていた飯盒だ。
これに水を入れて湯を沸かし、布を浸してそれで体を拭こうという寸法だ。
もちろん人間であるこのみが飲むことはできないが、体を拭くのに使う程度なら支障はないだろう。
バージルは飯盒に水を汲みながら、このみのことを考えていた。
生きるのに必要なのは、まず水だ。
食べ物を消化するには、水分が必要になる。
そのため、できるだけ持参した食料も食べる量を少なめにし、飲み水を節約させてはいるが、それもそろそろ限界に近い。
目が見えないという状況も、このみの気力や体力を容赦なく奪っていく。
このみが途中で足を止める回数も増えた。
しきりに眠そうにもしている。
恐らく彼女の命を支えているダンテの魔力が、尽きようとしているのだ。
バージルは服の上から、ダンテの血液を入れた小瓶に触れる。
ため息を一つ吐き出して、飯盒を持ったバージルはこのみの元へと戻った。
廃墟へ戻ると、このみは鞄の中身を全てひっくり返して、慌てて何かを手さぐりで探していた。
「……何をしている」
「さ、探し物を……!どこかで、落としたんでしょうか」
このみが探しているものが何なのか、バージルは考える間もなく気が付いていた。
それはバージルの懐にあるものだ。
恐らくバージルがいない間に口にしようとしたのだろう。
「どうしよう、あれがないと、わたし……」
ひどく狼狽するこのみを、バージルは眉間に皺を寄せて睨みつける。
……何故、自分がいるのに頼ってこないのか。
「バージルさん……すみません、わたし、探しに……」
「お前が探しているものはなんだ?」
「それは……あの……」
「それが何なのか分からなければ、俺も探しようがない」
バージルがそう言うと、このみは観念したように呟いた。
「……ダンテの血液を入れた、小瓶です。わたしは、ダンテの血液から彼の魔力を分けてもらっていました」
「………………」
返答しないバージルに、このみは不安になったのか、「バージルさん?」と声をかける。
このみはひどく思い詰めた表情で、何か言おうと口を開いたが、なかなか声に出そうとはしなかった。
そんなこのみを、バージルは苛立ち混じりに見下ろす。
「……俺を、利用しろと言った」
このみは、はっとしたように顔を上げる。
バージルが何を言おうとしているのか、悟ったようだった。
「この広い魔界を探すよりも、もっと確実で、簡単な方法だ」
「それは……」
しばらく、迷ったようにこのみは無言を貫いていた。
そしてこのみは上げていた顔を、花が萎れるように俯かせる。
その顔を、そのままバージルがいる方角に向かって下げ、乞う。
「……バージルさんの血を、わたしにくれませんか」
このみのその姿を見て、バージルはダンテに対する優越感のようなものを覚える。
このみが今頼りにできるのは、ダンテではなく、自分しかいない。
そう思うと、バージルの口の端に笑みが浮かぶ。
(……何を考えているんだ、俺は)
心が浮上したのは一瞬だけで、自分がそんな子供じみたくだらないことを考えたのが信じられなかった。
頭を下げるこのみにどこか後ろめたい感情を覚える。
けれど、本当のことはついぞ言えなかった。
バージルは、座り込んだこのみの前に片膝をつく。
閻魔刀を鞘から抜き、その刃に指を走らせる。
「……このみ、口を開けろ」
バージルが命じると、このみは大人しく口を開けた。
つい先程までこのみに心やましく思っていたのに、無防備なその姿にバージルの嗜虐心が煽られて、血が伝うその指をこのみの口に突っ込んだ。
「あっ……!?ぅぐっ……」
驚いて身を引こうとするこのみの頭を押さえて、バージルは自らの指をこのみの舌に絡ませる。
生温かなこのみの口内に指を入れていると、どこか背徳的に感じられて、気分が良かった。
羞恥に頬を染めて涙目になるこのみを見て、バージルはようやく満足してこのみを解放した。
このみは息を荒げながら口元を押さえる。
「……バ、バージルさん、ひょっとしてわたしをからかって楽しんでます?」
「さあな」
「もっと、普通に分けてくださると、嬉しいんですが……?」
「血が流れ落ちそうだったので、指ごと含ませただけだが」
「……それは、ご親切にどうもありがとうございます」
礼を言いながらも、このみは明らかにバージルのいない明後日の方角を向いている。
「礼を言う時は人の顔を見て言えと教わらなかったのか?」
「……バージルさんの顔がどこにあるのか分かりません」
このみがむくれて唇を尖らせながらそう言うと、バージルはこのみの顎を持ち上げて、自分の方へ上向かせた。
「ここだ」
「すごく、近いような!?」
バージルの声がすぐ目の前ですることに気づいたのか、このみは赤くなって慌てる。
「礼は?」
「あ、ありがとうございましたっ!!」
早口で礼を述べたこのみは、バージルから飛び退くように距離をとる。
それを見たバージルは、そっと喉の奥で笑った。
『バージルさんとダンテ、性格似てないと思ってたけどやっぱり双子だった……からかい方の方向性が一緒だ……』
日本語で、このみは何やらブツブツと文句のようなものを言っているようだった。
あいにくと、内容までは分からなかった。