鏡の中の黄昏蝶 Another Story
□○○しないと出られない部屋
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* * *
人間界への道を探して魔界をさまようバージルとこのみは、魔鏡によって飛ばされた先のとある空間にたどり着いた。
その空間は、一面無機質な白い壁に覆われていて、何もない。
広さはせいぜい一般的な寝室程度だ。
バージルがその空間を見渡していると、突然背後にあった魔鏡が消え失せた。
罠か、と辺りに目を走らせると同時に、部屋の中央の天井辺りから、どこからともなくひらひらと一枚の紙切れが落ちてきた。
バージルは閻魔刀でそれを一閃する。
特別妙な力は感じない。
ただの紙切れのようだ。
真っ二つになったその紙を、バージルは手に取る。
紙には何か文字が書かれてあった。
その紙を合わせると、「15分以内にハグしないと出られない部屋」と書いてあった。
……意味が分からない。
「バージルさん、どうしたんですか?」
目が見えないこのみは、今の状況が全く把握できていないようだ。
バージルは紙切れのことは言わず、このみに説明してやる。
「どうやら、閉じ込められたようだ」
「ええっ」
「部屋を調べてみる」
バージルは部屋をつぶさに見て回るが、もともと寝室程度の広さなのですぐに一周してしまった。
しかも、どこにも出入り口らしき継ぎ目がない。
そんな状況でも、バージルは慌てることはなかった。
自分には、閻魔刀がある。
その閻魔刀から繰り出される次元斬は、空間を切り裂く。
だからこの空間からも、容易に抜け出すことができると思ったのだ。
バージルは閻魔刀を居合の形に構えて、抜刀した。
閻魔刀から生み出された斬撃が室内の壁を切りつけるが、そこには傷一つなかった。
「何……!?」
ここにきて、バージルはわずかに動揺した。
まさか次元斬でも出られないとは思わなかったのだ。
その時、またもひらひらと紙切れが落ちてきた。
バージルは今度はそれを切りつけずに手に取る。
そこには「10分以内にキスしないと出られない部屋」と書いてあった。
……カウントダウンが短くなっている上に、難易度が上がっている。
まさか、これをクリアしなければこの空間から出られないということだろうか。
「……ふざけた真似を」
「あの、どうしたんですか、バージルさん」
バージルは手の中でグシャリと紙を握りつぶす。
そんなバージルの殺気を感じ取ったのか、このみが怯えたように尋ねる。
そもそも、誰が、何のためにこんなふざけた空間を作ったのか。
何故自分がそんな命令に従わねばならないのか。
誰かに指図を受けるなんて、ひどく癇に触る。
しかもこんな、このみも弄ぶような命令で。
絶対に従ってなるものかと、バージルは握りつぶした紙を床に打ち捨てて、再度抜刀の構えを取った。
いくら強固な壁であっても、何度も切りつけていればヒビの一つくらい入るだろう。
そう信じて、次元斬を次々に繰り出す。
ところが、何度壁を切りつけても、幻影剣を繰り出しても、ヒビどころか傷一つつかない。
むしろバージルの体力が消耗するばかりだ。
現に、息が上がっている。
苛立ち混じりに壁を蹴りつけたが、バージルの脚に虚しい抵抗を与えるだけだった。
「クソッ……」
「バ、バージルさん、大丈夫ですか?」
オロオロと心配するこのみに向かって、バージルは額に流れる汗を拭いながら振り返った。
これだけ攻撃しても無意味ということは、やはり非常に癪だがあの命令に従うしかないということだろうか。
別に、このみとそういうことをするのに抵抗があるわけではない。
どこの誰とも知れない輩に命令されて、そうするのが嫌なだけだ。
しかも、どうやってクリアしたかどうか判断するのだろう。
どこからかこの空間を見ているのだろうか。
悪趣味なやつだ、とバージルは心の中で吐き捨てる。
「……このみ、どうやらこの空間から出るには命令に従う必要がありそうだ」
「命令、ですか?いったいどんな……?」
「それは……だな……」
このみに尋ねられ、バージルは答えに窮した。
まさか俺とキスしろ、何て面と向かって言えるはずもない。
バージルはこのみの肩口に手を置いたものの、動けない。
このみが何度か名前を呼ぶが、純粋にバージルを案じるその様子に、気が咎める。