鏡の中の黄昏蝶 Another Story

□俺があいつであいつがあいつ、あいつが俺で!?
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* * *


場末のうらぶれた酒場に、この辺りでは見慣れない顔ぶれがいた。

男の名はローガン。
メキシカンマフィアとひと騒動あり、結果マフィアと警察両方から目をつけられ、このスラム街に流れ着いた無頼漢である。
手下の三人の男たちと共に、先程チンピラを殴って巻き上げた金で酒を煽っている。

そんなローガンに、一人の命知らずな酔っ払いが絡んできた。


「よぉ、お前さんの顔知ってるぜ。タコス野郎とドンパチやった荒くれローガンだろ?流れに流れてこの街に来やがったか」
「ああ?何だテメェ」
「この街では大人しくしといた方が身のためだぜぇ?知ってるか、このスラムには手を出しちゃいけねぇ奴らがいるんだ」


その酔っ払いの言葉に、ローガンは酒を口に運ぶ手を止めた。

ローガンにはマフィアともやりあった自負がある。
そんな自分が手を出してはいけない人間?
実に聞き捨てならない。


「"デビルメイクライ"。この店の名を覚えときな。命が惜しけりゃこの店には絶対に関わるな」


酔いで目が座っている男の瞳に、すぅっと剣呑な色が帯びる。


「……死ぬぞ」


その言葉と男の表情に、ローガンにたった一瞬ではあるが戦慄が走った。


「店主の名前はダンテ。銀髪に赤いコート、二丁拳銃の派手な男だ。便利屋を営んでいて恐ろしく腕が立つ。けどこいつ以上にヤベーやつが"デビルメイクライ"に出入りしてる。黒髪の日本人で、妙に目立つ童顔の女」
「はぁ?女だあ?しかも……日本人?」


およそ害のなさそうな人種だが、果たして一体。


「こいつはダンテの女だ。手を出そうとしたが最後、ダンテのえげつない報復が待ってる。正直、ダンテ本人を相手にした方がまだマシってもんだ」
「ふぅん……」


ローガンはテーブルに頬杖をついて、飲みかけの酒が入っていたグラスの縁を弄る。
その手をふいに止めると、ローガンは男を睨みつけた。


「……で?それをわざわざ俺に教えるお前は何なんだ?その上から目線が気にいらねぇ、なっ!!」


台詞を全て言い終わらないうちに、ローガンはその酔っ払いの横頬を殴り飛ばそうと右拳を振り上げた。
顔面骨折を免れない勢いで振りかぶられたその拳だったが、目標を捉えることなく空を切る。


「あ?」


避けられた、どころの話ではない。
先程までローガンの前にいた酔っ払いは忽然と姿を消したのだ。


「おい、どこ行きやがった?」
「あの店の"合言葉"を教えておいてやるよ……それは……」


酔っ払いの姿はないのに、脳内に直接その"合言葉"とやらが響いてくる。


手下の男達が動揺して立ち上がり、辺りを見渡す。
まるで狐に化かされたかのようだ。

"合言葉"を告げた後、酔っ払いの声は完全に沈黙した。


酔いによる幻覚だったのだろうか?
それにしても集団で見る幻覚なんて。


だがローガンはそんな不可思議な事象にいちいち思考を巡らせるような男ではなかった。
先ほどの酔っ払いが呟いた"デビルメイクライ""ダンテ""日本人の女"というキーワード、そして"合言葉"が彼の脳内をぐるぐると駆け回る。

恐らく、あの酔っ払いはダンテに個人的な恨みでもあるのだろう。
ローガンを焚き付けるためにこの場所で接触を図ったに違いない。
それが分からないほど彼は愚かではなかったが、単純であることに違いはなかった。


「……面白ぇ。そのダンテってやつをぶっ殺せばこの街でのトップは俺ってことだ」
「ローガンの兄貴、やるんすか?」
「目にもの見せてやろうぜ、兄貴!」
「兄貴に勝てるやつなんざいやしねぇって!」
「そうだな、日本人の女……まずはコイツからだ」
「ヒューッ、さすが兄貴ィ!」


やんやの声を上げる手下達に、ローガンは気分良く杯を空けた。



酒場の外では、先ほどローガンに絡んでいた酔っ払いの男が盛り上がる彼らを窓から伺っていた。
このスラム街で古くから活動している情報屋……それが彼の職業だったが、その顔にいつもの快活な笑みはない。


「この人間の体は当たりだったな、兄弟。この街内外の情報に通じている」
「ああ。それにしてもあのローガンとかいう人間、実に愚かなものよ。裏切り者とはいえスパーダの息子に人間如きが敵うはずもない」
「愚か者ほど扱いやすいものはない。作戦は成功だ。奴らが暴れれば暴れるほど、我らは動きやすくなる」


一人でぶつぶつと呟きながら、男は酒場を後にする。
その顔には、およそ人とは思えない邪悪な笑みが浮かんでいる。


寂れたスラム街で、デビルハンターを営む男……ダンテ。
彼は魔界を裏切った魔剣士スパーダの息子だ。
並大抵の悪魔では歯が立たない実力を持っているが、そんな彼にも弱点はある。

彼の元で居候をしている、異世界人の女。
それをあの人間たちが襲えば、最強と呼ばれているダンテにも隙は必ず生まれるはずだ。


「さあ行こうか兄弟、憎きダンテを殺しに!」
「我らが王のために!」
「裏切り者の血族は根絶やしにする!」


男は叫びながら、夜のスラム街を闊歩する。
安っぽいネオンサインに照らされた男の足元には、三つの異形の影が浮かび上がっていた。
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