鏡の中の黄昏蝶 After Story

□し しょうがねぇだろ、好きなんだから
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* * *


老若男女様々な人間が行きかう大型ショッピングモールへ、ダンテとこのみは日用品や衣類の買い出しのために出かけていた。

自営業かつ自由業であるダンテや、飲食店勤務のこのみにとってはあまり関係ないことだが、今日は祝日だ。
やたら混雑している店内を眺めて、その人の多さにダンテはうんざりとしている。


「人人人、人の群れ。こいつらはどっから湧いて出てくるんだ?」

「わたし達もその人の群れの一部じゃない。祝日だから仕方ないよ」

「ああ、今日は祝日か。通りで」


カレンダーを把握していないダンテにこのみは呆れた。
外に飲みに行ったり、悪魔退治に赴く時以外は、彼は大抵事務所の中でだらだらと過ごしている。
ひょっとしてこの人は曜日の感覚すらないのではないかとたまに思ってしまうのだ。


「ええっと、今日は冬服買うんだっけか」

「うん、そう」


このみはモール内に設置されたフロアマップで、目当ての店を指で追う。
それを背後で眺めながらダンテは言った。


「そういや、このみと服見に来ることなんて滅多になかったよな。今までずっとレディのお下がりだったろ」


この世界へ初めてやって来た際、このみはレディから古着を分けてもらった。
これまでそのお下がりを大切に着ていたので、どうしても必要な時以外は自分で新たに洋服を買うことはほとんどなかったのだ。

それは、この世界で沢山良い服を持っていても仕方がないという思いからだった。
いずれ鏡の向こうの世界に帰る自分にとって、ショーウインドウの向こうにあるキラキラした洋服たちは不要だと思っていたのだ。

けれど、このみはもう向こうの世界に戻ることはない。
これからの人生をダンテと一緒に歩むのだと決めたのだ。

だからもう欲しいものは我慢しない。
背伸びして綺麗な洋服を着たいし、恋人に服を選んでもらうようなありふれたショッピングデートだってしてみたい。


「……あの、ダンテに服を選んでほしくて。この間オークションに参加した時、ダンテの見立ててドレスを選んだでしょ?あれがすごく嬉しかったから。
ドレスはいつも着られるわけじゃないから、今日は普段着を選んでもらいたいな。それにね、ダンテとこういう普通のデート、してみたかった」


照れ照れとこのみは言う。

ダンテはと言うと、顔を背けてプルプル震えていた。
たまに彼がこうしていることがあるが、どうやらそれはこのみの言葉に身もだえるのを我慢しているらしいということに気が付いたのは最近だ。


彼は数度深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせると、このみの手を取った。


「……今日はとことん、お前に付き合ってやるよ」

「ありがとう!」

「さあ行くか。このみに一番似合う服を探しに!」


先ほどまで人ごみに辟易していた彼だったが、どうやらかなり乗り気になってくれたようだ。
意気揚々と歩き出した彼の隣に並んで、このみは笑みを浮かべた。



* * *


複数の店を梯子した先のショップ内で、このみは迷いに迷っていた。
ダンテが勧めてくる服を片っ端から試着しまくって、最終的に2着まで絞ったはいいものの、予算の都合上このみが購入できるのはどちらか一着だけだ。


「悩むなぁ……。せっかくダンテが選んだくれたやつだもん」


店員は「どちらもお似合いですよぉ」と無責任なことを言っている。
暗に両方とも買えということなのだろうが、ない袖は振れないので、このみはダンテに選択権を委ねることにした。


「ダンテ、どっちが良いと思う?」


右手と左手に持った服を掲げて尋ねるこのみに、ダンテは顎に手をやってしばらく唸った。
じっと見定めるように交互に視線をやり、最後にこのみの瞳をじっと見つめる。


「んー……真ん中」

「ん?」


今度はこのみが小首を傾げた。
右でも左でもなく……真ん中?

このみが手に持っている服は二着しかない。

真ん中。

この両手の服と服の間ということだろうか。
それって……。


「んん!!??」


──それってつまり、私のこと!?


首まで真っ赤になって、言葉もなく口をパクパクさせるこのみを見て、ダンテが今日一番の笑顔でニコニコしている。

店員も同じくニコニコしながら「可愛いカップルさんですねぇ」とのたまっている。
こちらは素の笑顔か作り笑いかは不明だが、バカップルを地で行くダンテの発言に内心呆れているに違いない。

他人の前で爆弾発言をかましたダンテに焦りながら、このみはどもる。


「ダ、ダンテ、そうじゃなくて……!あの、どっちの服が良い?」

「ああ……んーと、じゃあこっちで。差し色に赤が入ってるのが気に入った」

「じゃあ、こっちにする……」

「はぁい、お買い上げありがとうございますぅ」


このみは右手に持った方を店員に差し出した。
会計に向かう店員に聞かれぬよう、このみは声を潜めてダンテを詰る。


「も、もう!ダンテ、何で人前でああいうこと言うの!?」

「しょうがねぇだろ、好きなんだから。服に悩んでるお前が可愛くてつい」

「う、また!もう、もう、もうっ!そういうとこ!」


しれっと口説いてくる彼の大胆さが恨めしい。
そしてちょっとときめいてしまった自分が悔しい。

まだ顔が熱い。
赤面しながら財布を取り出して、このみはわたわたと会計を済ませる。


「あ、ちょっと待ってくれ」


店員がショッパーに購入した服を入れようとしたのをダンテが制した。


「なぁこのみ、せっかくだしこの服着て帰ったらどうだ?……悪いがタグ切ってもらっていいか」

「えっ!?」

「かしこまりましたぁ」


慌てるこのみをよそに、店員はテキパキとタグを切る。

フィッティングルームに購入したばかりの服と一緒にダンテに押し込まれて、このみは困惑する。


「俺が見立てた服を着た恋人とデート。最高の一日だろ?」


ダンテは機嫌良さそうな笑顔を崩すことなくこのみに言う。


「……分かった。じゃあこれ着てくるね」


やけに強引な彼にこのみは少々疑問を抱きつつ、それでダンテが喜んでくれるのなら、服を着るくらいお安い御用だ。

フィッティングルームのカーテンを閉めて、このみは着ていた服を脱いだ。
買ったばかりの服に袖を通すと、やはり気分が上がる。

……ダンテが選んでくれた服。

鏡に映る、真新しい服に身を包んだ自分自身を見て、このみは頬が緩む。
先ほども購入する前に一度試着したが、ダンテと一緒に吟味に吟味を重ねただけあって、結構似合っているのではないだろうか。

くるりとその場で一回転すると、服の裾が遅れてふわりと広がった。


「ふふ」


自然と笑い声が漏れる。

この服を着てダンテとデート。
やはり、気に入った服で恋人とデートとなるとテンションが上がる。


(けど、もう一着の方も可愛かったな……)


名残惜しいが、この間ネロへレコードを贈ったことで、このみが自由に使える金にそれほど余裕がない。
この服だけでも十分すぎるくらい、今は満たされているのだ。

着ていた服は会計でもらったショッパーに入れて、このみはフィッティングルームのカーテンを開けた。
ダンテは店内の柱にもたれてこのみを待っていて、彼は買ったばかりの服に身を包んだこのみを見て微笑んだ。


「さすが俺が選んだ服。……似合ってるぜ」

「うん!ありがとう!」


笑顔でこのみはフィッティングルームを出る。
ダンテと一緒に店を出ようとすると、店員が今日一番の笑顔でこのみ達に言った。


「お買い上げありがとうございましたぁ!またのお越しをお待ちしております!」


ショップを後にして、このみがダンテと手を繋ごうとして腕を伸ばしたその時、ダンテの片手に紙袋がぶら下がっていることに気が付いた。

ダンテは今日はまだ何も購入していないはずだし、このみの着替えが入ったショッパーはこのみ自身が持っている。
それにその袋は……先ほどこのみが服を購入した店と同じショッパーだった。


「ダンテ……その袋どうしたの?」

「ああこれ?……俺からこのみにプレゼント」


ダンテに紙袋を手渡された。
このみがそれを開けると、そこに入っていたのは、散々迷いながらも先ほど購入しなかったもう一着の服だった。


「え!?なんで!?」

「……だから、プレゼントだって。このみ、すごい名残惜しそうにしてたから」

「でも……大丈夫なの?」


礼よりも先に、このみは金の心配をする。
怪我をしたこのみの入院治療費に加え、この間のオークション騒ぎの際に購入したスーツやドレスで、家計は圧迫気味のはずだ。


「ああ、実はジェイコブが事務所にあったレッドオーブ買い取ってくれてさ。良い小遣い稼ぎになったぜ」

「レッドオーブって……悪魔の血が固まったやつ、だっけ?」

「そ。100gで100ドル。中々良い商売だと思わないか?」


100g=100ドル。
悪魔の血の結晶が、まるで宝石類の量り売りである。


「だからあんまり気にすんなよ。素直に喜んどけ」

「……うん。ありがとう!」


このみが見ていない間にこっそり恋人の服を購入するという、ちょっとしたサプライズ。
ダンテのスマートなやり口にこのみは感心する。
諦めたはずの服が手に入ったのは勿論嬉しいが、このみが喜ぶと思ってそうしてくれた彼の気持ちが、何より一番嬉しいのだ。


「オーブ、あれちまちま拾うの面倒だと思ってたけど、これからはマメに集めようかな。あ、なんかあれ入れるのに良いバッグないかな。ほら最近あるじゃん、小さく折りたためるやつ」

「……エコバッグのことかな」

「そうそれ。雑貨屋とかにある?」


このみの手を引いて、ダンテは雑貨屋を目指して歩き出す。
華麗に悪魔を倒し、その身から出た赤い欠片をせっせとエコバッグに詰めるダンテ……想像すると全く、全然、スタイリッシュじゃない。
それでも、家計の足しになるのなら彼のそんな姿も受け入れるべきなのだろうか。

このみの脳内で「デビルハンターとしてカッコよく戦うダンテ」と「同居する恋人として彼氏の収入を案じる自分」の戦いのゴングが鳴った。
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