鏡の中の黄昏蝶1話〜27話

□鏡の中の黄昏蝶2
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「鏡……鏡ね」


鏡が異界と異界を結ぶ道になっているというケースは、悪魔が出没するこの世界ではそれほど珍しいわけではない。
ダンテが以前魔界へ足を踏み入れたとき、鏡を使って空間を飛び越えたことがある。


今回のこのみのケースも、魔力を持った鏡を通してこの遠い地にやってきた、多分そういうことなのだろう。
人間界に、しかも学校という場所に、まったく別の空間に移動できるような鏡が存在しているというのも、
なんだか腑に落ちない話ではあるが。



黙ってしまったダンテをこのみは不安そうな顔をして見つめる。
その視線に気づいたダンテがふと顔を上げると、このみはますます眉尻を下げた。


「……わたしのこと信じるの?」
「鏡を通って来たって話を信じるか、って意味か?
まぁ普通の人間ならまず信じないだろうが、俺は職業柄そういうオカルトめいたことには慣れてるんでね」


このみはダンテの言葉を必死に聞き取ろうとしていたようだが、どうやら聞き取れなかったらしい。


「……もう一回言ってください」
「…………信じるよ」

最初から彼女が理解できるように言えばいいのに、自分は多少性格が悪いらしい。



ダンテに「信じる」と言われ、少し気を許したようだ。

「あの……」

恐る恐るといった様子で、このみはダンテに問いかける。


「モンスター、たくさん。あれ、何?」
「モンスター?ああ、悪魔ね」
「あくま?」
「……まあ見たことないやつがいても不思議じゃないが。お前を追いかけてきたっていう蝶も、悪魔だったのかもな」


まず11月に蝶が飛んでいるということが不可思議だ。
昆虫に取り付く悪魔もいるので、このみを追い回していたのも悪魔なのかもしれない。
もしこのみが通って来た鏡が魔力を持っているものなら、悪魔が周りを徘徊していても不思議ではない。


このみはダンテの言葉を理解したのかしていないのか、俯いて自分の膝を見つめている。



「もうすぐ日が昇る。明るくなったらその鏡とやらを探しに行けばいいだろ」

このみが聞き取りやすいよう、なるべくゆっくり丁寧に発音してやると、このみは小さく頷いた。


「……俺はちょっと寝る」

欠伸をかみ殺し、ダンテは階段を上る。
途中階段に積んであったブランケットを、このみの方へ投げた。


「わあっ」
「お前もちょっと休めよ」


頭からブランケットをかぶったこのみを目の端に捉えて、ダンテは少し笑った。


* * *


ダンテがふと眠りから覚めて時計を見ると、ベッドに入ったときから3時間ほど経っていた。
いつもなら昼過ぎまで確実に寝ているところだが、今日は階下にこのみがいる。


窓の外は既に日が昇っており、ざわざわと話し声がする。
テメンニグルが出現した際に倒壊した周辺の建物を直すために、今日も人がやってきているようだ。



気だるげな足取りで階段を下りると、このみは既に起きていた。
そもそも寝てなかったのかもしれない。


「お前少しは寝たのか?」

ダンテがこのみの顔を覗き込もうとすると、さっと視線を逸らされた。
その目が赤いのを見て、泣いていたのか、と気づく。


「……とりあえず、顔でも洗ってこいよ」

ダンテがそう促すと、このみは大人しく指示に従った。



このみが洗面台で顔を洗っている横で、ダンテはシャワーを浴びるために服を脱ぎだした。
顔を洗い終わってふと視線を向けたこのみがぎょっとした表情でダンテを見て、慌ててその場を出て行った。


うぶな反応に面白くなって、ダンテはちょっと笑う。




シャワーを浴び終えて部屋に戻ると、このみはソファに座って大人しく待っていた。


「お前もシャワー使う?」

ダンテがからかうような口調でそう言うと、このみは赤くなって、
「結構です」
とキッパリ言い放った。


その顔に涙の痕はもう見られない。




突然日本から見知らぬ異国に飛ばされ、悪魔に追い回されて殺されかけるなんて、
普通の子供からすれば泣いてもおかしくはない状況だろう。


ダンテからすれば目の前で泣き喚かれるよりはこっそり泣いてくれていた方が助かるが。



ダンテはこのみをテーブルに着かせると、朝食代わりに昨日の残り物のピザを差し出す。


「冷たくて硬いが我慢して食えよ」

「………………」

やっぱり黙ったまま俯いて手をつけようとしない。


と、その時このみの腹がぐううと鳴って、ダンテは思わず吹き出してしまった。


「ぶっ……ははは!やっぱり腹減ってんじゃねえか!」

このみは顔も見えないほど俯いてしまったが、黒髪から覗く耳が真っ赤に染まっている。


「ほら」
このみはそのまましばらく俯いていたが、やがてダンテが差し出したピザに手を伸ばした。
それを見たダンテも同じようにピザを口に運ぶ。


昨日の夜にデリバリーしたピザは、すっかりチーズも固まって生地も硬くなっていたが、ダンテは気にせず食べ進める。
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