鏡の中の黄昏蝶28話〜
□28.終わりの始まり
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このみはジンジャーエールが作り出す炭酸の泡を見つめる。
この泡のように掴みどころのなかった悪魔が、ここにきて姿を現した。
ジャンの目撃情報は朗報になりえるのか、それとも凶報なのだろうか。
父と母の顔を思い出すと、いても立ってもいられなくなった。
次にダンテの顔が思い浮かんで、このみは胸がふさがるような気分に陥るが、「何が何でも家に帰るんだ」とこのみは自分に言い聞かせる。
このみはジンジャーエールを飲み干すと、伝票を手に立ち上がった。
「……わたし、帰ってこのことをダンテに相談します。
もし本当にこの手配書の男が関わっているなら、やっと手に入れた情報だから」
「そうするべきだな」
マークは頷き返し、立ち上がるとこのみの手の中にあった伝票を奪う。
「……早くダンテに話してやりな。
そんで子供は遠慮せずおっさんに奢られるべきだ」
「……わたし、もう成人してます」
「お、そうなのか?そういや俺と初めて会ったとき既に18だったもんな。
ま、俺からしたらお前さんが子供ってことにゃ変わりないな」
笑いながらマークはこのみの背中を店の入り口の方へ押す。
「マークさん、ありがとう。ごちそうさまでした」
「ああ。今度こそ家に帰れるといいな」
「……はい」
このみは支払いをマークに任せて、夏の空気がまとわりつく中を事務所へ向けて急いだ。
* * *
息を弾ませながら事務所のドアを開けると、ダンテはいつものようにデスクに足を投げ出していた。
このみを見て、「どうした?」と問いかけてくる。
そんな彼を見ていると、春の終わりの雨が降った日、唇に強引にキスされそうになったことを思い出した。
切ない声でダンテに名前を呼ばれると、何もかも受け入れてしまいそうになるのを必死に堪えたあの日。
あれからダンテはいつものようにこのみをからかってイタズラする程度に落ち着いたのだが、内心どう思っているのかこのみには分からなかった。
とにかく先ほどのマークの話をダンテにもしなければ、と思ってこのみは口を開く。
「あのね……さっきマークさんに会って……」
「マークに?」
「行方不明の事件がここ最近よくニュースになってるの、ダンテも知ってるよね。
……その犯人がジャンかもしれないって」
驚きに目を見開くダンテに向かって、このみはジャンに似た人物が行方不明者の出た現場で目撃されたことと、
被害が起こった場所で度々蝶が落ちていたということを話した。
ダンテはその話を聞いて喜ぶ風ではなく、気難しい顔を作って俯く。
「……数年かけてやっと手に入れた情報か……」
そう呟いて、椅子に腰掛けたダンテはこのみをじっと見上げる。
何か言いたげな彼の表情を見つめ返したはいいが、このみは言うべき言葉が見つからなかった。
「……マークがお前に話したってことは、もう警察でも動いてるんだろう。
俺たちもこの線でジャンを追おう」
「……うん」
どこか暗い顔でこのみは頷いた。
せっかく手に入れた情報なのに、何故か手放しに喜べない。
向かい合ったダンテの顔も無表情で、彼が今何を考えているのか分からない。
夏の湿気を含んだ生ぬるい空気が身体にまとわりつくようで、ひどく気持ち悪い。
どうしようもなく不安になるような――言うなれば"嫌な予感"がこのみの胸中をぐるぐる駆け回っていた。