鏡の中の黄昏蝶 After Story

□せ 世話の焼けるやつだな
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* * *


「……ダンテ、一緒に寝たい」
「…………で、枕を持参して俺の部屋に来たと」


自室のベッドで横になったまま、ダンテはドアの前に立つこのみを見上げた。

結局、自分の心がしたいがままに振る舞うことにしたこのみは、ダンテの部屋を訪れていた。


「いいね。積極的な女は大歓迎だ……と言いたいところだが」


そこで言葉を切って、ダンテはため息を吐く。


「……怪我が治ってからって言っただろ、色々と」
「……一緒に寝るだけ」
「添い寝だけで済むと思ってるのか?」


その言葉にうろたえて顔を赤らめるこのみに、ダンテが意地悪な笑みをその顔に浮かべた。


「ほらな。分かったら自分の部屋に戻れ」
「……でも、わたしはダンテと一緒がいいの」


なおも粘るこのみを、ダンテはじっと見つめる。

その場から動こうとしないこのみに根負けしたのか、ダンテは何度目かになるため息を吐いて布団をめくった。


「……分かったよ。ほらこっちこい」


その言葉に表情を明るくしたこのみは、枕を抱えてダンテの元へ歩み寄った。
ダンテの枕の隣に自分の枕を置いて、彼がめくった布団の中に体を滑り込ませる。


「お邪魔します」
「……どうなっても知らないからな」


口ではぶつくさ言いつつ、ダンテはこのみが横になれるようスペースを空けてくれている。

彼の体温がすぐ側にあって、温かい。
もっとその温かさに触れたくて、ダンテの胸元に顔を寄せると、彼の匂いに包まれているようで落ち着く。


「あー……なんだこの拷問……俺はなんでこんな仕打ちを受けてるんだ?」
「一緒に寝るの、いや?」
「嫌なわけないだろ。我慢してるの!」


言わせんな、とダンテは不満そうに口を尖らす。


「せっかくお前の怪我が治るまで待とうって決めたのに!」
「ご、ごめん。やっぱり別々に寝ようか?」


あまりにダンテがぷりぷり怒るので、このみがベッドから出ようとして体を動かすと、ダンテの両腕が胴にがっちり絡んできて、このみを拘束した。


「……それは、やだ」


子どもじみた口調で、ダンテは言う。

背後から抱きつくような格好で、腕の中にこのみを閉じ込めたダンテは、このみのうなじに顔を寄せた。
首筋に熱い吐息がかかって、くすぐったい。


昼間は余裕そうに見えたダンテも、彼なりに葛藤していたようだ。

彼も同じ気持ちでいてくれたことに、このみはほっとするのと同時に申し訳なくなる。
せっかく恋人同士になれたのに、また彼に我慢を強いている。


「怪我、早く治すから……もうちょっと、待っててくれる?」
「ああ。お預けくらうのにも限度があるからな」


このみはダンテの腕の中で体を反転させて、彼の方へ向き直った。

目と鼻の先にダンテがいる。
この距離にいられることが、彼の体温を感じられることが、これ以上ないほどに幸せだ。


そっと、彼の唇に触れるだけのキスをする。

唇を離すとダンテは何か思いつめたような顔をした後、このみを強く抱きしめた。
何やら小声でダンテがぶつぶつ呟いているので、このみが聞き耳を立てると、「我慢、我慢」という言葉が聞こえてくる。


「……このみ、俺の理性を試すようなことして実は楽しんでるんじゃないか?」
「そ、そんなことないよ!」


慌てて否定するこのみを、ダンテは「本当か?」とねめつけて、再びこのみを腕の中に閉じ込める。

このみを抱き締めたダンテの手は、肩や背中をゆっくり撫でながら、しばらくこのみの背面でウロウロしていた。

手つきは優しかったが、その手がだんだん腰の方へ下りてきて、ほんの少しやらしさを感じて緊張する。
思わずこのみが体を固くすると、「下心がバレたか」とダンテは苦笑した。


決して、嫌なわけではないのだ。
このみだって、ダンテと繋がりたいと思っている。

でなければ彼の部屋を訪れて一緒のベッドで寝たりしない。
今だって、本当にダンテがこのみを求めるなら抵抗するつもりはない。

けれど未経験なこのみにとって、この先訪れるであろうダンテとの行為は未知なものであって、興味はあるけれどそれ以上に怖くもあるのだ。


ダンテは心の底の欲求をため息に乗せるようにして吐き出して、目を閉じた。
このみを抱き枕代わりにして、腕と足を絡ませて睡眠に入る体勢をとったようだ。


「……おやすみなさい」
「おやすみ」


このみの言葉に返事をして、それきりダンテは口を閉ざした。



ダンテが寝入った後も、しばらくこのみはダンテの伏せられた睫毛や鼻筋、唇を眺めていた。

恋人としての欲目を抜きにしても、ダンテの目鼻立ちは整っていて、見ていると胸が高鳴る。
そんなダンテも、眠っている時はいつもより少しだけ幼い顔つきに見えて、そこが何だか可愛くて、改めて好きだなぁとこのみは思う。


「……好き」


ダンテを起こさないように、もう一度触れるか触れないかの口づけをして、このみも目を閉じた。


* * *


腕の中から小さな寝息が聞こえてきて、ダンテは何度目か数えきれない細いため息をついた。


――本当に、無自覚に人を殺しにかかってくるから、困る。


このみがこのベッドへやってきてからのわずかな時間で、一体何回自分の衝動を抑えたことか。

もしダンテがここで手を出したとしても、このみは抵抗せず、自分を受け入れてくれるだろう。
それだけの時間を自分とこのみは築いてきた。

けれど積もり積もった思慕は膨れ上がって、きっと自分は手加減してやれない。
だからせめてこのみの怪我が完治するまでは、今までの距離から大きく逸脱すまいと思っていたのに、彼女から迫られると拒否できない。


まあ、昼間に濃厚なキスを仕掛けておいて言える立場ではないかもしれないけれど。
あの時のうるんだ瞳で自分を見上げてくるこのみを思い出すと、また欲望がむくむくと湧き上がってくる。

あと少し、もう少しだけの辛抱だ。

そう自らに言い聞かせて、衝動をやり過ごす。



腕の中にいるこのみは安心しきった表情で、無防備な寝顔をさらしている。
幸せな夢でも見ているのだろうか。

きっと今世界で一番危険な男の腕の中にいるというのに、そんな顔をされると裏切れない。


ダンテはこのみの顔を見て再び小さくため息をつくと、今度こそ眠るために目を閉じた。



***あとがき***


萌え台詞であいうえお(45題)の「せ」です!
お題は「きみのとなりで」様よりお借りしました!

据え膳状態のダンテさんを書くのめちゃくちゃ楽しいです。
ヒロインは今まで受け身だったぶん、もう遠慮する必要もなくなったので割と押せ押せになるんじゃないかな、と思ってます。


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