鏡の中の黄昏蝶 Another Story

□2.小さなキミは愛され上手
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* * *


その後、風呂場で騒がしくしているのが気になったのか、このみの母親が様子を見にやってきて、
このみは父親とやったことと全く同じことを母親と繰り返した。


感動の再会は結構なんですが……いい加減風呂場から出ませんかね?
俺も服が濡れて気持ち悪いし、このみの親父は素っ裸だし。


散々父母と抱き合ったこのみは、咳払いをした俺に気がついて、慌てて俺を振り返った。


「ダンテ、わたしのお父さんと、お母さん」


浴室で両親を紹介された。
しかも片方は素っ裸。

何て斬新なんだ。


このみの母親は俺を見て『ふ、不審者!?』と言っている。
よく分かんないが怪しまれているんだろう。
俺だって自宅の風呂場に知らない人間いたら驚くわ。


「と、とにかく、ここを出ようか。リビングで話をしよう」


このみはそう言いながら、母親に向かって『お母さん、タオル貸して』と日本語で何か言っていた。
俺はこのみに続いて浴室から脱衣所へと上がる。


俺はブーツのまま歩き出そうと床を踏みしめた。
その音に反応したこのみが足を止める。

このみは俺を振り返って、足元を見下ろすと苦笑いしながら言った。


「ダンテ、靴脱いでね!」


浴室で濡れた靴。
その靴底に付着していた砂は泥になって、脱衣所を泥だらけにしていた。



* * *


『学校の鏡の向こう側に……異世界?!』
『私の頭がおかしくなった、って思う?でも、本当なの。お願い、信じて』
『……で、このみの隣にいるその人は、異世界人?
あの、警察とか呼んだ方がいいんじゃないの?怪しい人じゃないの?』


このみの母親は俺をびくびくと眺めながら、小声でそう言う。
別に声を落とさなくても、俺は日本語なんて分からないから気にせず好きなだけ喋ってくれていいんだぜ。

我ながら怪しい奴だと思うし。


『そんな言い方、やめて!ダンテはずっと私を助けてくれてたのに!』


よく分かんないが、このみは俺を庇ってくれているみたいだ。
娘に大きな声を出されて驚いた母親は、微かに顔を赤らめて俯く。

おいおい、帰って早々に母娘喧嘩なんてするもんじゃないぞ。
しかもその理由が俺にあるなら、なおさら。


こじんまりとしたリビングに通された俺は、このみの母親に一応出されたコーヒーを飲みながら、
このみが話す理解できない日本語をただ聞いていた。

足にはスリッパ。
日本では普通靴を脱ぐものらしいが、何となく足元が落ち着かない。


それにお嬢さん育ちだと勝手に思っていたこのみの家だけど、マジで狭い。
実はそんなんじゃなかったのか、両親の育て方が良かっただけか。

まあ、さすがにそんな無礼なこと口にはしないけど。


『……ごめんなさい、確かに急に現れた人を信用してっていうの、無理だよね。
あのね、この人は異世界にいる間ずっと私の面倒を見てくれてたの』


このみは簡単に俺を紹介した後、母親と、風呂を上がった父親に向けて、11月のあの日の出来事を懸命に説明しているようだった。

このみの両親は相変わらず俺を恐怖の入り混じった、不審なものでも見るかのような目付きで眺めている。
当然だろう、突然行方不明だった娘と一緒に鏡から現れたんだから。

それに悪魔にビビりまくっていたこのみと同じ世界の人間だから、半魔である俺に対して何か感じ取っているのかもしれない。


『鏡を通り抜けたって、ほ、本当なの?このみ……。あなた、どう思う?』
『俺もちょっと、信じられない……。
けど、このみは風呂の鏡から……この男の人と一緒に突然現れたのをこの目で見た』

『理屈は分からないんだけど、鏡はこの世界と、異世界の通り道になってるの。
私は家に帰るために、鏡を探してて……ようやく、見つけることができた。
ダンテは、ずっと私に協力してくれてたんだよ。無一文で、身一つだったのに、英語まで教えてくれて……』


理解できない日本語の合間に、俺の名前が聞こえて思わず顔を上げる。
このみの親父さんは、何か考えるように俺とこのみの顔を交互に見た。


『その人の事、信用していいんだな?』
『……お父さんはその人を信用する私のこと、信じてくれないの?』


ふと表情を緩めたその男は、俺の目の前で首を垂れた。
このみがよくやってるから知ってるぞ、これは感謝の気持ちを表しているのだ。

さっきまでは不審げというか、恐々とした顔つきでずっと俺を眺めていたのだけれど、一体このみに何を言われたのだろう。


『ありがとうございます……。うちの娘を助けてくださって、本当にありがとう』


首を折るだけでは飽き足らなかったのか、おっさんは床に這いつくばって、俺に向かって頭を地面にこすり付けた。


『あ、あなた……!』
『お父さん!?』


母娘も驚いて、目を見開いている。
何だかよく分からないが、ひどく感謝されていることはよーく伝わったので、俺はおっさんに顔を上げるように言う。

旦那にそんな姿を晒させておいて、自分だけ黙っているわけにはいかなかったのか、
このみの母親も俺に向かって頭を下げた。
けどやっぱりその顔には、まだ戸惑いが感じられる。


このみは目にうっすらと涙を浮かべながら、俺に向かって礼を言う。
彼女が泣く姿は好きではないと思っていたが……この涙は嫌いじゃない。


「ダンテ、本当にありがとう。帰ってこられたのは……お父さんとお母さんに会えたのは、ダンテのおかげだよ」
「ああ。両親に会えて本当に良かったな」
「うん、でも今度はダンテが元の世界に戻れなくなっちゃったね……」


そうなのだ。

あのあとこのみの家族立会いの下、浴室の鏡を再び調べたのだが、鏡はウンともスンとも言わず(?)ただ間抜けに俺の姿を映すばかりだった。


「まあ、何とかなるだろ」
「……本当に、ごめんなさい。わたしを心配して、ついてきてくれたんだよね。
わたしがあの時、一人で鏡に飛び込んでいれば……」
「いいんだよ。鏡に飛び込んだのは俺の意思だ」


別に今すぐ帰らなければならないような用事があるわけでもないし、このみがいるならとりあえず衣食住を憂う必要もない。
本音を言えば、このみがこの世界でどんな生活をしていたのか興味の方が勝っているのだ。

このみはこの世界に俺を連れてきてしまったことを気に病んでいるようだが、まあ世の中なるようになっているもんだ。


「俺がもし向こうに帰れなかったら、養ってくれるか?」
「こうなったのはわたしのせいだもん。責任はきちんと取るよ」


冗談で言ったつもりだったのに、このみはえらく真面目な顔付きでそう言った。
……女に養ってもらうとか、それはそれで微妙だな。


「諦めないで、帰る方法を探そうね。わたしがこの世界に戻れたように、ダンテもきっと帰れるよ」


健気に励ますこのみに向かって、俺は大きく頷いた。


「とりあえず、もう一度鏡を調べてみよう」


せっかく元の世界に戻れて両親と再会できたのに、俺の事情につき合わせるのは何だか悪い。

けど、そういうところがこのみの良いところなんだろうな。
そして、そんな娘に育て上げたのが目の前の二人ってわけか。


『それにしても、お父さん。どうしてこんな時間にお風呂に入ってたの?まだ5時過ぎだよ』
『今日はお父さん、仕事お休みの日なのよ。
休みの日は大体あなたを捜して、目撃証言がないか聞いて回っているの。
……疲れが溜まってたんでしょうね、ぼーっとしてて川に落ちちゃったんですって』
『……そうだったの』


俺には何て会話しているのかよく分からないけど、このみは瞳を潤ませて親父さんを見た。


『お父さん、心配かけてごめんなさい。私を捜してくれてありがとう』
『いいんだ、こうしてお前が見つかったんだから』


抱擁する父娘。
実に感動的な絵じゃないか。


『そう言えば、俺が風呂に入ってた時間はちょうどこのみが行方不明になった時間に重なってるな。
4時45分頃』
『そっか、もしかしたら異世界同士が繋がることができるのは、時間が関係してるのかもしれないね。
……ダンテ』


このみは俺の名前を呼んで、振り仰いだ。


「あの鏡、日本時間の夕方4時45分頃……時間が関係して通り道ができるのかもしれない。
今日はもう過ぎちゃったけど、また明日調べてみようよ」
「ああ」


頷くと、このみはほっとしたように笑った。
希望を見いだしたことが彼女を安心させたらしい。

とりあえず時間外にも反応するかもしれないので、もう一度鏡を調べてみようと、このみと俺は浴室へ向かった。
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