鏡の中の黄昏蝶 After Story

□へ へぇ、そーゆーこと言うのはこの口?
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* * *


会場内に不審者が出たということで、競売は一時中断となった。
ホールは一旦閉鎖され、参加者達は別室で待機しているらしい。

このみは警備の者に気遣われて、救護室のベッドに腰掛けていた。
そのこのみと向かい合うようにして、椅子に座ったダンテが言う。

「いやーこのみ、お前結構演技派だったんだな。女優になれそうだ」
「そんなことないと思うけど……。ごめんダンテ、最初の作戦は失敗だった」
「失敗?」
「アグニの火に火災報知器が反応しなかったの。この施設、防火対策が万全じゃないみたいだよ」
「そうか……。いや、このみ良くやった。外に警備がバラけてくれたから、この状況は好都合だ」
「ほ、ほんと?」


もしや余計なことをしてしまったのではないかと不安だったのだが、ダンテに褒められて、このみは嬉しくなって顔に喜色が現れる。

アグニとルドラに操られて、悪魔と斬り結んだ時は本当に寿命が縮まる思いだったけど、少しでも彼の役に立てたのなら良かった。
そんなこのみを見てダンテも目を和ませかけたが、ふと思案するような顔つきを見せた。


「あの悪魔……この会場に搬入される悪魔と似た臭いがした。仲間か……?」
「捕まった仲間を助けに来たってこと?悪魔にも仲間意識ってあるの?」
「さあ、どうだろうな。悪魔って言っても色々いるからな。何が目的なのやら」

その時、ダンテの手の中にいたアグニとルドラが口を開いた。


「あの悪魔、あまり戦う気はなさそうだったぞ」
「そうだな。我らと応戦するために爪を出したようだったな」
「だから喋んなっつの!このみまで操りやがって。……ま、こっから先は俺の仕事だ、このみはここで待ってな」

アグニとルドラを持って、ダンテは立ち上がる。


「ダンテ、どうするつもり?会場は立ち入り禁止になってて入れないけど……。搬入口から忍び込むの?」
「いや、外はまだ警備が厳しいだろうから……。ホールスタッフの従業員用通路から行く」


ダンテはスーツの裏地に小さくなったアグニとルドラを吊るようにして仕込んだ。
厚みがあるのでスーツが不恰好な形に歪むが、彼は気にする素振りもなく救護室を出て行く。

このみはダンテの背中を見送ったが、不思議と嫌な予感が拭えないでいた。


その時、救護室のドアを叩く音がした。
このみが返事をするとドアが開き、サラが顔を覗かせる。

気まずそうな顔を浮かべつつも、気遣わしげにこのみを見下ろして言った。


「……あなた、大丈夫?トイレで暴漢に襲われたって聞いたけど」
「はい、何とか。ご心配おかけしてすみません。競売も中断しちゃって……」
「それはいいのよ。私、オークションにはそれほど興味がないから」
「えっ?」

サラの言葉にこのみは目を瞬かせた。
そんなこのみを見て、サラは肩を竦ませる。


「あなたの恋人……ダンテ君って言ったかしら。あなたがトイレに行った後、急にすごい勢いで会場を出て行ったのよ」
「ああ、えーと……ダンテ、なんか勘が働いたみたいで。危ないところを助けてもらいました」
「そう……羨ましいわね。あなた、本当に彼に大事にされてるのね」


サラの言葉を受けて、このみは一つの事柄を確信した。

もしかして、とは思っていたが……。


「サラさんは、ジェイコブさんが好きなんですか?」
「……どうして?」
「だって、ジェイコブさんがわたしのドレス褒めた時、サラさんすごい顔してましたから」

入場前での彼女とのやりとりを思い出しながらこのみがそう言うと、サラは自嘲するような笑みを浮かべた後、溜息をついた。


「……あの人、一度も私のドレス褒めたことないのよ。ほんと、鈍感で嫌んなるわ。オカルトグッズ集めてるのだって、少しでもあの人に近づこうと思って……。
こんなおばさんがヤキモチなんて馬鹿みたいって思う?」
「……いいえ」
「私、態度悪かったでしょう。あれ、八つ当たりよ」
「分かってます」
「……謝らないわよ、だってあなた達にジェイコブと二人きりの時間邪魔されたし、見てると腹が立つんですもの。幸せそうで」


サラの言葉は相変わらず棘があったが、そう言いながらも顔には笑みが浮かんでいる。
彼女の態度にムッとしたことは事実だが、話を聞いているうちに、なんだかサラが可愛く思えてきた。

ジェイコブにドレス姿を褒められた時のことをこのみは思い出す。
このみにはあんなに簡単にスラスラと褒め言葉が出てくるのに、ジェイコブがサラには言わないというのは、恐らく彼もサラに何か含むところがあるのだろう。

……例えば、照れ隠しとか。


このみが思わず口に笑みを浮かべて、それをサラが不審そうに見やった、その時だった。


突如、部屋の外から銃声が響いて、このみとサラは肩を跳ね上げた。

一発の銃声を皮切りに、次々に乾いた発砲音が響き渡る。
次いであちこちから上がる悲鳴にこのみとサラは顔を青ざめて見合わせた。


「サラ!伊勢さん!」


救護室に焦った様子でジェイコブが飛び込んでくる。


「不審者が……警備を破って会場に乱入しようとして暴れてるんだ……!ここから早く逃げなさい!もう競売どころじゃない!」
「で、でもダンテくんがまだ……」
「いいから早く!」


ジェイコブは青い顔をするサラを支えるように歩き出す。
ダンテがこの騒ぎに気付いていないとは思えないが、彼はどうしているだろうか。


「伊勢さんも、早く!」
「は、はい……!」


ダンテなら、万が一のことがあっても大丈夫だ。
そう思って、このみはジェイコブの後に続く。


救護室の外では、人が入り乱れて大騒ぎになっていた。
我先に外へ逃れようとする人でごった返し、怒号と悲鳴がこだましている。

ホールの入場口で、人間の男の姿を取ったあの悪魔が警備員達に床に取り押さえられていた。
何かを声高に叫んでいる。


「……返せ!!私のつがいを返せ!!」


つがい。

その言葉にこのみは驚いて目を見開く。

つがいというのは、恐らくオークションに出品される予定だったあの悪魔のことだろう。
人間を愛した悪魔もいるのだから、おかしいことではないかもしれないけれど、悪魔にもそういう概念を持った個体がいるのか、と意外に思う。


悪魔は両手から鉤爪を伸ばし、それを振り回して警備の男達を振りほどいた。
幾人かがその爪に傷つけられ、鮮血が床に飛び散る。


「この野郎!!」


警備の男が放った銃弾が悪魔の頭部を貫いたが、その傷口は一瞬にして塞がってしまう。
それを見た人々からどよめきの声が上がる。


「あ、悪魔だ!!」


その悲鳴のような一言をきっかけに、人々はなだれ込むようにして入り口へ向かう。
悪魔は銃を撃った男に一撃浴びせると、ホールのドアを体当たりするようにして開け、会場へ飛び込んでいった。

人波に押されて会場の外へ流れ出ようとしているジェイコブが、このみを振り返って叫ぶ。


「伊勢さん!私達も早く外へ!」
「……先に行っててください!」
「あっ!ちょっと!」


このみは、悪魔の叫んだ言葉がどうしても気になって、その姿を追うようにしてホールへ駆け込んだ。

つがいを返せ、と叫んだあの悪魔。
その言葉が、悪魔の声が、怒りというよりも、もっと痛切な響きに聞こえたから。



ホールへ入ると、壇上へ上がった悪魔が舞台袖へ走って行くところが見えた。

このみもそれを追って急いで壇上に上がり、舞台袖へ向かおうとするが、そこで誰かとぶつかった。
それは競売が中断されるまで、会場を仕切っていたオークショニアだった。
虚ろな瞳で、何かをブツブツと呟いている。


「もう駄目だ……こんなに騒ぎになって……警察が来る……商品を見られては駄目だ……私はおしまいだ……」


言いながら、男は懐から何かを取り出した。

ライターだった。
それで舞台の幕に火を付けようとする。

女子トイレの火災報知器は作動しなかった。
もし、この会場でもそうだったら──!?


「な、何してるんですか!やめてください!」


このみは慌てて止めようとしたが、男に激しく振り払われて、その場に転げた。

ボッと燃焼する音と共に、幕から火が上がる。
その炎はものすごい勢いで幕を燃やし、それはまるで舞台上に炎のカーテンがたなびいているようだった。


「あぁ……!!」


嘆きの声を上げるこのみとは裏腹に、オークショニアは笑いながら両手を掲げた。


「これで、証拠も何もかもが消える!!燃える!!あははは!」


──狂っている。


このみは後ずさるようにして笑う男から離れると、立ち上がって舞台袖へ駆け出した。

舞台袖の奥には開け放たれたドアがあり、このみはそこへ足を踏み入れた。

商品を一時的に置く場所になっているのか、薄暗いそこは雑多に物が溢れていて、あちこちで警備の男達が昏倒していた。
恐らく、ダンテが忍び込む際に気絶させたのだろう。

更にその奥にアグニとルドラを持ったダンテと、檻に入れられた獣を守るようにして対峙する悪魔がいた。

……あの獣が、彼のつがい。


「ダンテ!!」
「このみ!?どうしてここに!?」
「オークショニアがホールに火を着けたの!!早く逃げて!!」


そう言っている間に、このみの背後から黒い煙が漂ってくる。

ダンテがこのみに気を取られている隙に、悪魔は檻をこじ開けようと、必死に柵を押し広げていた。
檻は悪魔を封じるための銀で作られているのか、檻に触れる悪魔の手からは焼け焦げたような臭いがする。

檻の中の獣はぐったりして動かない。


「死ぬな、死ぬな……頼む、私の片割れをここから出してくれ……人間に攫われたんだ。片割れは身籠っていて抵抗できなかった……」


ダンテは悪魔を屠ることを生業にした、デビルハンターだ。
そんなダンテに向かって、悪魔は哀願するように頭を下げる。
それはとても人間じみていて、このみが今まで見てきたどの悪魔の姿とも違っていた。

ダンテはアグニとルドラを床に突き刺して、当惑したように肩を竦めた。


「なんだこれ、どういう展開だよ。攫われた奥さん取り返しに夫が助けに来たってこと?そっちのがよっぽどコミックの主人公じゃねーか」


頭を掻きながら、ダンテはこのみに尋ねる。


「……このみ、どうする?」
「と、とりあえず檻から出してあげて。火の手がそこまで来てる」
「ハイハイ、仰せのままに」


ダンテはアグニとルドラを振り上げ、それで檻を叩き壊した。

悪魔は獣を抱き抱え、ダンテを見上げて言った。


「……ありがとう」
「さっさと外へ出るぞ。このみ、口塞いで走れ」


ダンテは悪魔をチラリと一瞥した後、気絶した男達を両手で抱え、搬入口へ向かって走り出した。
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