鏡の中の黄昏蝶 After Story

□つ 続きはまた今度、な
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* * *


「帰ってきたー!」


無事病院を退院し、実に1ヶ月ぶりにデビルメイクライに戻ってきたこのみは、久しぶりに嗅ぐ家の匂いに胸を膨らませた。


「やっぱり我が家が一番落ち着くねぇ」


言いながら、このみはゴロンとソファーへ横になる。
このソファーの感触も実に久しぶりだ。

本来なら、左手の刺し傷はもっと治癒に時間がかかるはずだった。
医者が当初想定していた退院日ももっと先だったはずなのだが、ダンテの血液……もとい、魔力のおかげで回復が早く、1ヶ月程度で退院できたのだ。
もちろん、定期的に病院へ通う必要はあるが。


「このみ、机に足とか手、ぶつけんなよ」
「うん、分かってるよ」


入院中に使っていたこのみの荷物を下ろしながら、ダンテが心配そうに言う。
このみはクスリと笑って、頷いた。

未だ両手が自由に使えないこのみの代わりに、ダンテは荷物を片付けてくれている。


「ダンテ、ありがとう。助かるよ」
「どういたしまして。早く治せよな」


通常であれば、ようやく骨折した手足のギプスが取れるかどうかといった頃だが、これも魔力の影響か治りが早かった。
このみはダンテを安心させようと思って、右手をブラブラと動かす。


「骨折の方はだいぶ良くなってきたよ。ほら……いっ……たた!」
「ほら!だから動かすなって!」


矢のように飛んでくるダンテの小言に、このみは苦笑して肩を竦ませた。
怪我を負って以来、ダンテは過保護に拍車がかかってしまったようだ。

ダンテはこのみのパジャマやタオルを洗濯機に放り込むと、ソファーでくつろぐこのみの隣に座った。
このみに習って、ソファーにもたれかかる。


「あー、こうしてこのみとゆっくりするのも久しぶりだな」
「そうだね。パラレルワールドから帰ってきた後、ずっと慌ただしかったもんね。佐藤さんもいたし」
「お前は平行世界の未来で数週間過ごしてたんだよな」
「うん。全然違う都市にいたしね。だからこの事務所でのんびりするの、懐かしさすら覚えるよ」


最初は気味が悪いと思っていた魔具の数々も、見慣れてしまった今ではもう気にならない。

ドラムセットやビリヤード台がごちゃごちゃと置かれている繁雑な部屋だが、住めば都というか、3年近くここで暮らしていれば嫌でも慣れるもので、むしろここでなければ落ち着かない。
そしてここでの生活は、これからもずっと続いていくのだ。

自然と笑みを浮かべたこのみを見て、ダンテが首を傾げる。


「このみ、どうした?」
「……ううん、これからもずっと、この家で一緒にいられるんだなと思ったら、嬉しくて。ずっと、そばにいてね」


このみは隣に座るダンテを、手の傷に障らない程度にそっと抱きしめる。
こうして誰にもはばかることなく彼を抱き締めることができるのがこの上なく幸せだった。

このみが抱き締めたダンテの体が細かく震える。
何事かと思ってこのみがダンテの顔を見上げようとすると、彼に強く抱き締め返されてそれは阻止された。


「あああ、もうダメ、幸せすぎて死ぬ!」


銀色の髪から覗く彼の耳が赤く染まっていた。
どうやらこのみの言葉に悶えて震えていたようだ。

ダンテは「はぁー!」とか「ふぅー!」とか何やらしばらく唸っていたが、やがて落ち着いたのかようやくこのみを解放した。
未だ照れが残るダンテの顔を見て、このみは微笑む。


「……片思いこじらせた期間が長すぎたな」


咳払いしてなんとか誤魔化そうとするダンテに、いつもの余裕の色はない。

彼は自分から好意を示すのはいいが、このみから仕掛けるとなると動揺するようだ。
そんな彼が珍しくて、どこか可愛らしくてこのみは無性に愛おしくなる。
ふいに彼の唇に触れたい、と思った。


「ダンテ……あの、キスしてもいい?」


自分でも唐突だと思ったが、したくなったのだから仕方がない。
恋人同士なのだから何も遠慮する必要はないのだが、控えめに尋ねるこのみに、ダンテは返事ができぬまま瞠目して瞬きを繰り返す。

焦れったくなって、このみはダンテの返事を待たずに、そっと彼の唇に触れた。
まだキスに慣れていなくて、己の唇をダンテの唇にくっつけただけのその行為。


固まっていたダンテが我を取り戻したのか、ふと苦笑して、このみと唇を合わせたまま顔を傾けた。
角度を変えたことで深く唇同士が合わさって、まるで最初からお互いがお互いの体の一部だったかのようにしっくりくる。

ダンテはまた角度を変えて、今度はついばむようにこのみの唇をはむ。
そうしているうちにまた良い位置を見つけたのか、再び深く口付けられて、このみの頭は熱に浮かされたようにぼうっとなった。

キスの合間に唇からこぼれる濡れたような吐息が熱い。

口づけの最中、ダンテの手のひらがこのみの後頭部に添えられる。
しばらく優しくこのみの頭を支えていたその手は、やがてこのみの髪の中へ指を埋めて、それを引っ張ってやや強引にこのみの頭を上向かせた。
反射的に口を開けたこのみの中に、ダンテの熱い舌が侵入してきてこのみは驚いた。
それまで触れるだけしかしてこなかったキスが、途端に色を含んだものに変わる。

驚いたけれど、嫌ではなかった。

このみが恐る恐る舌を伸ばすと、ダンテにそれを強く吸われた。
かと思えば次の瞬間ダンテの舌が絡んできて口中を攻められる。

歯列をなぞり、舌下を撫でるダンテの舌遣いに、このみはくらくらと目眩を覚えた。


どうしようもなく恥ずかしくて、けれど心地いい。
心臓が早鐘のように脈打って、自然と瞳が潤む。

さっきまではこのみに押されて戸惑っていたはずのダンテが、今やすっかりこのみをリードしていた。


「……このみ、今すげーやらしい顔してる」


キスの合間に呟かれたダンテの言葉に、このみの頬が更に熱を持つ。
その熱が頬だけでなく、体の中心の方にも灯っていることに気が付いて、このみは恥ずかしさで混乱する。

このまま口づけを続けていたら、自分が今までの自分でなくなりそうな気がした。


息が上がって、腰が砕けてソファーの上で姿勢を保てなくなったこのみの体が、徐々に後方へ傾く。
その際無意識のうちに怪我した左手をついて体重をかけてしまい、このみは激痛で声を上げた。


「いっ……たあぁあい!!」
「!?」


キスの最中、いきなり目の前で悲鳴を上げたこのみに虚を突かれたダンテが目を丸くする。

左手を押さえて涙目になるこのみを見て、ダンテは慌てた。


「お、おい、大丈夫か」
「いっ、痛い……」


あまりの痛みに動けなくなるこのみを抱きしめて、ダンテはその背を撫でる。
せっかくの良い雰囲気が台無しになって、このみの目に痛みとは違う涙が浮かんだ。

ようやく痛みが過ぎ去って、先ほどのキスの余韻が忘れられないこのみがダンテを見上げると、彼は苦笑して言った。


「……続きはまた今度、な」


少し不満げに寄せられたこのみの眉間に、ダンテは優しく口づけを落とす。


「怪我が治ってから。それまではキスで我慢しとこう」


そう言ってダンテは笑い、今度はこのみの唇に触れるだけのキスをした。
舌と舌を絡ませる口づけは、中毒になりそうな快感があったけれど、この優しいキスもこのみは好きだった。

このみは毒気を抜かれたかのように溜息をつく。


「あんまり……さっきみたいなキスされると、なんというか……変な気分になる」
「へえ、変な気分って?」
「……分かってて聞いてるでしょ」


このみが責めるような目つきでダンテを睨むと、彼は肩をすくめて笑った。


「まあ、俺も同じだけどさ。ほどほどにしとかないと途中で止められなくなりそう。今日はお前が素っ頓狂な声上げたから助かったけど」
「すっとんきょうって!本当に痛かったんだから!」
「悪かったって。……けどもうちょっとの間、我慢だな」


そう言って笑うダンテの顔に、焦りの色はない。
ダンテとこのみの時間はこれから先も続いていくのだから、彼も余裕を持って待てるのかもしれなかった。

――けれど。


(ほんの……少しだけ……いや結構、残念かも……)


このみも大概、ダンテに落ちているのだ。
多分、彼が思っているよりもずっと、ずっと。


「このみ、どうかしたのか?」
「……なんでもない」


キスの続きをしたい、という心の声を、そのまま素直に口に出すのは憚られた。
このみの体を気遣って待ってくれようとしているダンテには言えないし、それに、恥ずかしくて。


(……私って、結構いやらしい女だったのかな!?)


頬を赤く染めて、あたふたするこのみを見て、ダンテは首を傾げたのだった。




***あとがき***


萌え台詞であいうえお(45題)の「つ」です!
お題は「きみのとなりで」様よりお借りしました!

今回はキスシーンだけでどんだけねちっこい描写ができるかがテーマでした!
After Storyの第一弾ということで、当社比で甘めな仕上がりにしてみました!


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