鏡の中の黄昏蝶 After Story

□て てゆーか、今更だろ?
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* * *


「ダンテ、ジェームズ・ブラウンっていうミュージシャン知ってる?どんな人?」
「あー、何年か前に死んだロック歌手だろ?超メジャーってわけじゃないけど、地味に良い曲作ってたんだよな」
「そうなんだ」
「珍しいな、このみがロックに興味持つなんて。確かうちにもレコードがあったと思う」


ダンテはそう言って、ジュークボックスを操作する。
するとそこから明るいギターのサウンドと、伸び伸びと歌い上げる男性の声が聴こえて、ダンテはそれに合わせて足でリズムを取る。
このみも何度か聴いたことのある曲だった。


「あの、退院したら付き合ってほしいところがあるって言ったよね。わたし、レコード屋さんに行きたい。この人の、ライブ音源のレコードが欲しいの」
「なんでまた急に?」
「えーっと、お世話になった人が……このジェームズ・ブラウンっていう人のファンみたいで。プレゼントしようかなって」


このみはフォルトゥナで出会ったネロの顔を思い出しながらそう言う。

ダンテにそれとなく聞いてみたけれど、やはり今の彼はまだネロの存在を知らないようだ。
彼に教えてあげたい気持ちはあるけれど、このみが急にそれを言うのもなんだか野暮な気がして、やはりダンテが自然と知る日を待つことにした。

ダンテがネロの存在を知った時、いったいどんな風にこのみに話すのだろう。
そう考えると、楽しみで思わず笑顔になる。


「……何ニヤニヤしてるんだ?」
「えっ、な、なんでもないよ!」


また、知らず知らずのうちに笑みを浮かべていたようだ。
ダンテが不審そうな目つきでこのみを見ている。


「ま、いいけどさ。今度買い物行くついでにレコードショップ寄ってみるか」
「ありがとう!」


このみがダンテの手を取って喜ぶと、彼はますます不審を募らせたようだ。


「このみ、お前が世話になった人って、誰?」
「えっと……うーん。……未来で帰るのに協力してくれた人」


下手に誤魔化すのも変かと思って、このみは事実を述べた。
そういうと、ダンテは「ああ」と納得したような顔をする。


「まあ、この時間にいるその人に送っても、きっと不思議がるだけだろうけどね」


この時代のネロは、まだ幼児くらいの年齢だろう。

子どもにロックミュージシャンのレコードを贈っても喜ぶとは思えないが、彼と約束した品をどうしても贈りたかった。

それはこのみの自己満足かもしれない。
けれど、"このみを元の世界へ帰す"という約束を果たしてくれた彼だから、例え同じネロではないとしても、自分も約束を果たしたかった。


「ま、いいんじゃないか?このみがやりたいなら。別に悪いことしてるわけでもないしな」
「……うん」


肯定してくれるダンテの存在がありがたくて、このみは頷く。
遠い地にいるネロやキリエのことを思うと、このみの胸は火が灯るように温かくなった。



* * *


「ジェームズ・ブラウンのライブ音源?そりゃお嬢ちゃん、プレミアついてるやつだよ」
「えっ、そうなんですか?廃盤になったとは聞いてたんですけど」
「まだ売れる前の、小さい箱でやってた時のぶんだからな。当時の歌もいいもんだったけど、すぐには評価されなかったんだ。
そのレコードが廃盤になった後しばらくしてから名前が売れたんだよ。その時にファンに買い占められてるから、普通のショップには置いてないんじゃないかな」
「そうですか……」


レコード店にやってきたこのみは、さっそく店員に在庫があるか尋ねたが、返事は色よいものではなかった。

がっくりと肩を落とすこのみを励ますように、ダンテがこのみの背を軽く叩く。


「まだ一軒目だろ?中古屋とかも回ってみようぜ」
「うん……」



その後近くの中古品を取り扱うレコード店に向かったものの、やはりこのみのお目当てのものはなかった。

とりあえず、もし入荷することがあれば色をつけるので一番に連絡をしてほしいということを店長に頼んで、ダンテとこのみは店を後にする。


街中を歩きながら自然とダンテがこのみの手を取ったので、このみは落ち込んでいたのを一瞬忘れ、頬をほんのり桃色に染めた。
繋がった手に少し力を込めると、ダンテがこのみの方を向いて笑う。


「今日は残念だったな。けど、諦めずに探してみよう」
「そうだね、見つかるといいなぁ。ごめんねダンテ、付き合わせて」
「いいよ別に、レコード見るのは楽しいし。てゆーか、今更だろ?鏡探してたのがレコードに変わっただけだ」
「ふふ、うん……ありがと」


そう言われると、自分たちはいつも探し物をしているな、と思ってこのみは笑い声を漏らす。
ただ今回は、鏡を探していた時のような焦りもなくて、今日目当てのものが見つからなかったこと自体は残念だけど、こうやって探す過程もダンテと一緒なら楽しい。

そのダンテも、店でいくつか自分用にレコードを見繕って、その手に戦利品を携えてご機嫌だった。
事務所に帰って早速、ジュークボックスを稼働させるのだろう。


「今日は何買ったの?」
「昔流行ったバラードだよ」
「へえ、ロックじゃないんだ」
「ま、たまにはいいだろ?こういうの聴きながらくつろぐのもさ」


事務所へ戻ってジュークボックスで再生したその曲は、ゆったりとした情感的なラブソングだった。
それを機嫌良く口ずさむダンテの歌声を聴いて、このみもまた頬を緩めるのだった。
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