鏡の中の黄昏蝶 After Story
□せ 世話の焼けるやつだな
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* * *
病院を退院して、デビルメイクライに戻ってきて初めての夜。
両手をうまく使えないこのみは、食事の用意をすることはできなくて、夕飯はダンテがデリバリーしたピザだった。
塩分が少なく、味気ない入院食に飽き飽きしていたので、久し振りに食べるジャンクフードは驚くほど美味に感じた。
大変なのは入浴だった。
刺創のある左手は濡らすことができないので、ラップを巻いてその上から更にタオルで巻き、ビニール袋を被せて手首で固定し、バスタブに入る。
右手もまだ骨折が完治していないので、シャンプーブラシを使って四苦八苦しながら髪を洗った。
シャワーをなんとか浴び終えて、ぐったりして出てきたこのみに、ダンテがふざけ半分に声をかける。
「明日から俺手伝おうか?」
「いや、さすがにそれはちょっと……」
いくら恋人同士になったとはいえ、まだキスしか交わしていない仲で入浴の介助なんてとても頼めない。
手伝ってくれる気持ち自体はありがたいが、下心がまるで隠せていないダンテをこのみは半眼で睨む。
このみの視線を受けて、ダンテは肩をすくめた。
「……じゃ、せめて髪乾かすのは俺が」
このみを椅子に座らせて、ドライヤーを持ってきたダンテがこのみの髪の一房を手に取った。
温風を送りながら、このみの髪をすく彼の手つきがくすぐったくて優しくて、このみは目を細める。
ダンテに頭を撫でられるのはよくあるけれど、こういう風に触れられるのは慣れてなくて胸がドキドキした。
「ありがとダンテ」
「んー」
このみの礼に軽く返事をして、ダンテはドライヤーを持った手を動かす。
髪がすっかり乾くと、一働きして満足したダンテはこのみの髪にキスを落とした。
照れて淡く頬を染めるこのみに向かって、ダンテはからかい混じりに微笑む。
それからはリビングで思い思いにのんびり過ごしていたのだが、退院したばかりで気を張っていたこのみはいつも寝る時間よりも早く眠気に襲われて、ソファーでウトウトしていた。
「このみ、眠いのか?」
「すこしつかれたみたい……」
ダンテの問いにもふにゃふにゃとした発音でしか答えられないこのみに、彼が苦笑するような吐息を漏らす。
ソファーで睡魔に沈み込みそうになるこのみの体を、ダンテがすくい上げてその手に抱きかかえた。
いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
「ほんと、世話の焼けるやつだな」
そう言いつつも、彼の声音はひどく優しい。
耳朶に染み入るように響くダンテの声と、彼の体温が心地良かった。
もっとそのぬくもりが欲しくて、ダンテの胸に体を寄せる。
「おいおい、俺は布団じゃねぇっつの」
呆れ半分に呟かれたダンテの言葉は、耳に入ってはくるものの頭で理解できなくて、このみは何とも言えない返事をする。
体が揺れているので、どうやらダンテがこのみを抱えてベッドルームへ足を運んでいるようだった。
ダンテは一瞬自分の寝室の前で足を止めたが、何か思い直したようにかぶりを振って、このみの部屋のドアを開けた。
そっと、ベッドへこのみを下ろす。
布団の中へこのみを納め、シーツの上からこのみの体を軽くぽんぽんと叩いた。
しばらくそうしていたダンテは、やがて細くため息を吐き出したかと思うと、すっかり寝入ったこのみをそこへ残して部屋を後にした。
* * *
いつもと違う時間に寝たせいで、このみは真夜中に目が覚めてしまった。
1ヶ月入院していたためか、見慣れているはずの自分の部屋の天井がどこか新鮮だ。
なんだか目が冴えてしまって、寝付けない。
深夜の静かな部屋の中、ひとりベッドの中で佇んでいると、ひどく寂しさを覚える。
だって、入院中はダンテと自由に会えなかったのだ。
面会時間は限られていたし、たまに彼が病室のソファーベッドで寝泊まりすることはあったけれど、あれは単に同じ空間で寝ているというだけだった。
自分たちは恋人同士だ。
お互いに想いを伝えあったし。
キスも、したし。
恋人同士って、一緒のベッドで寝るものではないだろうか。
いや中には別々に寝るカップルだっているだろうが、最初からそうするカップルはそんなにいない、とこのみは思う。
けれど、思えばこのみとダンテは恋人同士になる前からこの家で同棲していたわけで、今更一緒の部屋で寝るというのもおかしな話なのかもしれない。
そもそも、まだキスだけで体の関係には至っていないし。
この場合、順番ってどうするのが普通なのだろう。
考えたところで答えが出るわけもなく、このみは布団に包まってグルグル自問を繰り返す。
そして、出した結論は。