鏡の中の黄昏蝶 After Story

□な 何か、ほっとけない
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* * *


ダンテと共にオークション会場にやってきたこのみは、あまりの人混みと盛況ぶりに思わず感嘆の声を漏らした。
フリーマーケットのように道端で商品を広げているもの、荷車に品物を乗せて移動しながら売り歩く人、競売目当てにやってきた人に軽食を振る舞う屋台など、まさに文字通りのお祭り騒ぎだ。


「すごい人混みだね!」
「はぐれるなよ」


このみと手を繋いで、ダンテは目的地に向かって歩き出す。
屋外に設けられた小さめのステージで行われる競売で、このみのお目当てのレコードが出品されるのだ。
ステージ横に設置されたテントで受付が行われている。


「ここで名前と住所と電話番号書いて……番号が書かれたパネルをもらうんだね」
「正式名称はパドルな」


手のひらを広げた大きさほどの札に、数字が書かれている。
この数字がこのみ個人の競売番号になるらしい。


「ルールは簡単。競売が始まったら、オークショニア……あのステージの真ん中でハンマー持ってる司会のことだな。
そいつが最低落札価格から値段を徐々に釣り上げていく。そいつのハンマーが叩かれるまで、このパドルを最後まで上げてた奴がお目当てのものを手に入れられるって寸法だ」


ダンテが自分の顔の横でパドルを掲げて見せる。


「ま、中には自分で金額を指定して叫んだり、手でオークショニアにサインを送るって方法もあるが……基本的にはこれを掲げているだけでOK」


パドルをこのみに手渡し、ダンテは会場をざっと眺めた。
パイプ椅子が並べられたそこには、既に何人も腰を下ろしている。
今日の目玉は有名ロックバンドの直筆サイン入りのポスターらしく、今来場しているたくさんの人の目当てはそちらだろうと思われた。


「……目当てのレコード、相場は分かってるのか?」
「えーっと、確か中古屋のおじさんが600ドルくらいじゃないかって。手紙に書いてあった」
「定価の20倍以上だな」
「うーん、プレミアついてるって言ってたしこんなものなのかな……?」


正直、600ドルの出費は厳しい。
このみの半月分の給料以上の値段だ。
しかもオークションという形式上、それ以上の値段に膨れ上がる可能性は大いにある。


「ちゃんと自分の中で上限を決めとかないと、自分の首絞めることになるぞ」
「そうだね……」


貯金を削って競り落とすのは簡単だが、そんなことをしてネロが喜ぶとは思えないし。
彼に対する恩は到底600ドルの価値で賄えるものではないが、かと言ってレコードに大金をつぎ込むのも何か違うような気がする。

そもそも怪我をした際の入院費用をダンテにもってもらった身で、散財はできない。
とりあえず出しても650ドル前後までとして、このみはパドルをぐっと握りしめて気合を入れた。


ダンテと共に会場の椅子へ座り、競売が始まるのを待つ。


「会場へお越しの皆様、ようこそいらっしゃいました!後ろの席の方、マイクは届いてますか!
この特設会場では、世界中のアーティストの中古レコード、ライブグッズ等の買い付け、販売を手がけるRCN社より、100点以上に渡る品をご紹介いたします!
本日は電話での落札も受け付けております!なお、このオークションで得た利益の一部は非営利団体へ寄付されまーす!さあ皆様、盛り上がってまいりましょう!」


ステージの上では、オークショニアがハキハキと司会進行している。

会場の前方では5名ほどのスタッフが電話が置かれた長机の前に座し、待機していた。
その他にも、会場の責任者と思しきスーツの男が隅に立っている。


オークションは、チラシに書かれたロット番号順に、定められた時間で進行される。

最初の品は、新進気鋭のバンドのギタリストがサインしたギターピックだ。

このみが驚くほど、目まぐるしい早さで競売は行われる。
一品2分かかるかどうかといったところだ。


「はいそれでは次に行きましょー!お次はコアなファンも多いジェームズ・ブラウンが初期に発表した、ライブ音源のレコード!貴重です!
レコード本体はもちろん、ジャケットの保存状態も非常に良いです!まずは300ドルから!」


このみは慌ててパドルを掲げる。
周りを見渡すと、10人ほどがこのみと同じくパドルを掲げていた。

オークショニアはどんどん値段を釣り上げていく。
相場らしい600ドルを超えても、まだちらほらこのみ以外にパドルを手に持っている人が見えた。


「645!650!おっ、32番さんから680出ました!」


このみは手でオークショニアにサインを送っていた、32番のパドルを掲げた男を見る。
男もこのみが気になったようで、目があった。

その頃になるとパドルを掲げているのは32番の男とこのみの2人だけになっていた。


「702!……705!」


男はこのみと前方をしきりに気にしながら、オークショニアにサインを送る。


(ど、どうしよう。パドル下ろすタイミング見失っちゃった……)


既にこのみが自分で決めた650ドルは過ぎてしまったが、もう少し耐えればあのレコードが手に入るかと思うと、後に引けなくてパドルを下ろせない。
正直この値段を出すのは厳しいこのみが、背中に嫌な汗をかき始めたその時だった。


「このみ、パドル下ろせ」
「えっ?」


このみがダンテの言葉に反応するよりも早く、ダンテはこのみの手首を掴んでパドルを下ろさせた。


「32番さん710!710!」


オークショニアが手元にあるハンマーを打ち鳴らす。


「ああっ、ダンテ、落札されちゃったよ!?」
「…………」


このみが非難するような声を上げても、ダンテは無言で前方を睨み据えるだけだ。

落胆したこのみは、その後引き続き行われる競売の様子も、目玉であるサイン入りポスターの白熱した競り合いもさっぱり耳に入ってこなかった。
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