鏡の中の黄昏蝶 After Story

□ひ 人に何を言われても、俺だけを信じて
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* * *


レコードを手に入れた翌日、ギター用のケースを背負ったダンテは、このみの案内でオカルトコレクターの屋敷を訪れていた。

ダンテ達を招き入れたのは初老の男だった。
何でも悪魔に興味があるらしく、アングラな品々を収集するのが趣味らしい。


「お久しぶりですね、伊勢さん。隣の方は……初めてお会いしますね。ジェイコブと申します」
「ジェイコブさん、こちらダンテ。デビルハンターです」
「ほう。ミス・レディの同業者の方ですかな」


ジェイコブと名乗った男は、このみが向こうの世界へ帰るための鏡を探している際に、レディから紹介された人物なのだそうだ。
確かに、オカルトコレクターであれば、あの悪魔が競売にかけられる裏オークションの存在を知っていてもおかしくない。

邸内や身なりは裕福そうで、恐らく多額の裏金が動くだろうオークションの参加資格も持ち合わせていそうだ。
じろじろと辺りを見渡すダンテに気を悪くするでもなく、ジェイコブは笑顔で屋敷の中へ案内する。


客間に通されたダンテは、勧められたソファーに腰掛け、横に持参したギターケースを置いた。
このみもダンテの隣に座り、出された紅茶をそれぞれ口に運ぶ。

カップをソーサーに置いたこのみが、口火を切った。


「以前は鏡の件でお世話になりました」
「いいえ。あの時はお役に立てず申し訳ありませんでした。その後お探しの鏡は見つかりましたか?」
「……はい、おかげさまで。あの、今日はそれとは別件で伺ったんです」


このみが隣に座ったダンテに視線をやる。
ダンテは頷いて、口を開いた。


「……この街でやってるオークションを知っているか?」


オークションの案内用紙をテーブルに置くと、ジェイコブは笑顔で肯定する。


「勿論です。街を挙げての一大イベントですからね」
「あんたは競売に参加するのか?」
「興味を引くものがあれば」


ジェイコブは笑顔を崩さない。
人好きのする笑顔というよりも、どこか心の内を読ませないための愛想笑いのように見えた。


「じゃあ、非合法な闇オークションが開催されていることは?」
「そういう噂は聞きますね」
「……あんたも知ってるんだろ?その闇オークションで悪魔が競売にかけられるってこと」


ずばりダンテが核心を突いても、ジェイコブは相変わらず薄笑いを浮かべているだけだ。
いくらデビルハンターであるダンテ相手とは言え、非合法なオークションに参加するなんてこと、おいそれと公言するわけがないことは分かりきっている。


「……さあ、何のことだか。本当にそんな競売品が出るなら、是非参加してみたいものですね」
「あくまでしらを切る、か。まあ当然だな」


ダンテはジェイコブの返答にさして気にする風でもなく、ソファーの横に置かれたギターケースを手に取った。
ジェイコブはケースを見て、「それは?」と首を傾げる。


「この中には魔具が入っている」
「…………!!」


その言葉に、ジェイコブは驚きで目を見開いて息を飲んだ。

魔具とは、悪魔が相手の力量を認めて魂を捧げたもの、または力に完全に屈服し魂を奪われ、その身を武器などに変えたもののことを言う。
謂わば姿を変えた悪魔そのものだ。
オカルトコレクター垂涎ものの品が目の前がある事実に、彼の目が興奮でギラつく。

魔具でもってジェイコブを釣り上げようと言ったのは、このみだ。
オークションを経て、このみも多少駆け引きというものを覚えたらしい。

ダンテはケースの留め具を外すが、もったいぶって蓋は開けない。


「……見せてもいいが条件がある」


ギターケースをトントンと指で叩きながら、ダンテは尊大にソファーにもたれかかる。
このみはダンテの態度を諌めるように一瞥して、ジェイコブへ向き直った。


「ジェイコブさん、もし闇オークションのことを知っているなら教えてもらえませんか?」
「…………それは」

言い渋るジェイコブに追い打ちをかけるように、ダンテが口を開いた。


「ちなみにこの魔具、喋る」


それがジェイコブへの最後のひと押しになったようだ。
彼はソファーから勢いよく立ち上がると、「何でもお話ししましょう!」と叫んだ。
ダンテはこのみと顔を見合わせて、ニヤッと笑った。


* * *


「……あの街で開催される闇オークションは、密輸品、盗難品、盗掘品などなど……法に抵触するような物を会員向けに扱っていて、昔から秘密裏に運営されているんです。
稀に、悪魔に関連したオカルト的なものも出品されるので、私も参加していました」
「それに参加するには、何か条件があるのか?」
「一見ではそもそも会場に入れません。闇オークションですから当然ですね。会員の同伴として一緒に入るか……会員に推薦状を書いてもらって、運営に会費を払って顧客になるかのどちらかですね」
「今から推薦状書いても、次のオークションには間に合わないよな。なら……俺を同伴として会場へ入れてくれないか?」


ダンテがそう尋ねると、ジェイコブは警戒するように顎を引いてダンテを睨んだ。


「……まさか、オークションを潰すおつもりですか?あそこは、貴重なコレクションが手に入る数少ない場所なんですが」
「時と場合による。保証はできないしするつもりもない。……あんまりあちらさんの世界に首突っ込まない方がいいぜ。身を滅ぼすことになる」
「それは余計な世話というものです。あなたにとやかく言われる筋合いはない」
「……そうかい。親切心で言ってるんだが、聞き入れてもらえないとは悲しいね」


険悪な雰囲気になりかけている二人に、隣に座っているこのみがあたふたする。
ダンテが喧嘩を売るような言い方をしたことに焦ったようだ。


「ちょっとダンテ、会場に入れてもらうためにここまで来たんでしょ?」


このみがたしなめるように言うと、ダンテはため息をついた。

ギターケースを開けて、中に入っていた二対の大剣を取り出す。
先程まで不快な色を露わにしていたジェイコブは、それを見て少年のように瞳を輝かせた。


「これは、本物の魔具なのですか?」
「ああ、炎と風の魔力を宿している」
「素晴らしい!先程これは喋ると仰ってましたが、まさか本当に?」
「おい、アグニ、ルドラ。何か話してみろ」


ダンテが話しかけても、アグニとルドラは無言だった。
いつもなら話しかけずとも勝手にぺちゃくちゃ喋り出すのに、今日の二振りは気持ち悪いほどに静かだ。


「おーい、まさか裏口に捨てたことまだ根に持ってんのか?」


ダンテがノックするように刀身をコンコンと叩くと、ムッツリとした声音で「無論」と答えが返ってきた。
ジェイコブは「本当に喋った!!」と興奮しきりだ。


「我等をぞんざいに扱った上、このように見世物にするなど!」
「許せん!」
「断じて許せん!」


柄の先端についている顔が口を動かし、不満を爆発させる。
アグニとルドラは口々に文句を言っていたが、喋っているうちに何に怒っていたのかを忘れて、次第にいつもの調子を取り戻し、例のマイペースな口調でダンテに尋ねた。


「あの後、お前達の交尾はどうなったのだ」
「弟よ。交尾?交尾とは?」
「交尾とは……」
「うわあぁあぁああ──っ!!」


このみがものすごい勢いで、アグニとルドラの口を塞いだ。
その顔は火が吹き出さんばかりに真っ赤に染まっている。


「何で!今!そういうことを言うかなぁ!?」
「……このみ、こいつら相手に空気を読むことを期待しちゃ駄目だ」
「ちょっと!何で口を塞ぐんですか!もっと悪魔が喋るところを見せてください!」
「うむぅ!このみ、手を、どけろー!」
「して、交尾とは!?」


三者三様に口々に喋る上に、アグニとルドラまで好き勝手に言葉を発するので、客間はますます姦しくなる。

その騒ぎは、当分治まることはなかった。
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