鏡の中の黄昏蝶 After Story

□へ へぇ、そーゆーこと言うのはこの口?
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* * *


「皆さまようこそ、当オークションにお越し頂き誠にありがとうございます。このオークションでは一般市場に出回る事のない、大変貴重な品々を提供しております。会員の皆さま、奮ってご参加くださいませ」


壇上に立ったオークショニアが、会場内を見渡して言う。

それまで楽しそうに歓談していた輪が崩れ去り、会場内は一気にピリピリとした緊張感に包まれた。
この場にいる誰もが、闇に紛れたお宝を求めてここに集っているのだ。

会場の隅には、目立たないようにではあるが、明らかに堅気ではない男達が警備に当たっており、その手には銃が握られている。
闇オークションの元締めは反社会組織で、その売上は彼等の資金源になっているようだ。


一応ジェイコブの同伴ということで会場内に入ることを許されているので、ダンテとこのみは彼の隣に立って、競売の様子を眺めていた。

最初に提示されたのは著名な画家の油絵だった。
闇オークションで競売にかけられるということは、恐らく盗品だろうとダンテは言う。

ジェイコブによると、悪魔らしき生き物がオークションに出てくるのは最後の方らしい。
なんと言っても今回の目玉だ。


このみは何となく、闇オークションと言えば人身売買の温床のような所だと思っていたのだが、今のところそういうのはなさそうだ。
ジェイコブ曰く、「ここは自分で競り落とすのが好きで来ている人間が多いから、そういうのは流行っていない」そうだ。
オークションという形式上、誰が何を落札したのか一目で分かるところで人を買うというのは、落札者からしたら色々と不都合があるのだろう。


「脂ぎったオヤジが子ども買ってるとこ想像してみ?いくら闇オークションの集まりとは言えぜってー後ろ指さされるだろ?そういう奴はさ、ちゃんとそっち向けのとこ行くんだよ」

ダンテはあっけらかんとそう言うが、そんなこと別に知りたくはなかった。


会場は異様な緊張感と熱気に包まれていて、参加者達の競り合いも白熱を通り越して殺気すら漂ってくる。

紹介される商品は、先程のように絵画などの美術品もあれば、銃器もある。
中には陰惨な殺人が行われた物件だとか、条約で保護されている絶滅危惧種の動物、髪が伸びる呪いの日本人形など、多種多様な物が競売にかけられている。
ちなみに呪いの日本人形はジェイコブが落札した。


ある程度競売が進んだところで、このみはダンテと目配せを交わし、ジェイコブとサラに向かって言った。


「あの、わたし少しお手洗いに……」


一言断って、このみはホールの入り口へと向かう。
ジェイコブの目線がこのみを追ってくるので、恐らくこのみが何かやらかすつもりだということに薄々気が付いているのだろう。

ホールの外にも警備の男がいて、ドアから出てきたこのみを注意深く見ている。


(……ここじゃすぐ見つかっちゃうよね。私が会場出たとこも見られてるし)


このみは近くの女子トイレに入り、個室には入らずにしばらく待ってからトイレを出た。
警備の男に恥ずかしそうな雰囲気を装って話しかける。


「あの……お手洗いがなかなか空かなくて。他にありますか?」
「……そこの階段を上がったところに」
「ご親切にどうもありがとう」


このみはいかにも急いでいますという風に、早歩きで階段へ向かう。
男の言葉通り、階段を上がって少し進んだところに女子トイレがあったが、このみはそこを素通りして別のトイレを探した。

できるだけ人目につかないところが良い。
警備も一階に比べると手薄だ。

しばらく進んだところにもう一つトイレを見つけて、警備の目を盗んでこのみはそこへ入る。
ホールから離れているせいか、利用者はいないようだ。


トイレの天井に火災報知器があるのを目で確認したこのみは、個室へ入って鍵を閉め、ドレスの裾を持ち上げた。

「アグニ、出番だよ」

ガーターベルトに納めていたアグニを引き抜き、このみは刃に巻いていた布を取った。


「少しだけ火を出してくれる?」
「容易いことだ」


刃に炎を纏わせたアグニをこのみは掲げる。

が、火災報知器は作動しない。
このみが元いた世界よりも機械の感度が悪いのかと思って、精一杯天井に向かって手を伸ばすが、一向に反応しなかった。

このみはトイレットペーパーを千切って、それにアグニの炎を灯す。
煙が上がって火災報知器の方へ漂うが、それでも反応しない。


「ちょ、ちょっとぉ……点検してないのかな?この施設消防法に違反してない?」
「消防法?消防法とは?」
「これじゃ作戦失敗だよ……ダンテに報告しないと」


アグニの質問を無視して、このみはぶつぶつ呟く。

火災報知器を作動させて警備の目をこちらに向けさせ、その騒ぎの間にダンテが悪魔を回収する作戦だったが、肝心の火災報知器がうんともすんとも言わないのでどうしようもない。


とりあえずダンテの元へ戻ろうと思って、このみはアグニをガーターベルトに納めてトイレの個室を出る。

通路へ繋がるドアを開けようとしたところで、突然、背後で窓が開く音がした。
このみが驚いて後ろを振り返ると、窓を持ち上げて身を乗り出している男と目が合う。


「ひっ……」


このみは思わず喉の奥で悲鳴を漏らした。

一見すれば女子トイレに忍び込もうとした変質者だ。
しかしここは二階で、覗きのために侵入するには少々骨が折れる場所だ。

しかもその男から漂う独特の臭気は……。


「このみ、悪魔だ!!」


ドレスの下でアグニとルドラが叫ぶ。
その声に険しい顔をした男……悪魔は、窓からトイレの床へ降り立った。

何で、どうしてここに、とパニックになりかけるこのみに、アグニとルドラが身を震わせて言う。


「我等を使え!」
「使え!」
「ええ!?む、無理だよ!!」


武器なんて扱ったこともないこのみが、悪魔相手に戦うなんてどだい無理な話だ。
焦るこのみをよそに、アグニとルドラはこのみのドレスの下でワーワー騒ぎ立てている。

そうこうしている間に、悪魔がこのみににじり寄ってきた。


「柄を握れ!」
「うう……ダンテ早く来て……!」


このみは己の体に目を凝らす。
ダンテへ繋がる赤い糸はまだ残っている。
それならきっとダンテは助けに来てくれるはず。

彼が来るまで何とか時間を稼ぐ必要があった。

戦えなくても、多少は身を守る盾になるかと思って、このみはガーターベルトからアグニとルドラを引き抜いた。
刀身に巻いた布をアグニは燃やし、ルドラは風で切り裂き、ノコギリ状の刃が露わになる。

このみが二振りを持った途端、ナイフ程度だったアグニとルドラが見る間に巨大化する。
ダンテが持った時ほどの大きさではないが、このみにとっては胸の前まで持ち上げるのがやっとなほどの質量だ。


アグニとルドラを構えたまま、後退しようとしたこのみの意に反して、足が一歩前へ出る。


「えっ……」


体が何かに勝手に操られているようで、このみは狼狽する。
そうして、操り人形のように動くこのみの体は、アグニとルドラを振り上げて目の前の悪魔へ斬り込んだ。


「えええええ!!ちょっ、ちょっと待っ……!!」
「弟よ、こういった時、なんと言うのだったか!」
「攻撃は最大の防御なり!」
「しかり!」
「ひいいいい!!」


悲鳴を上げながら斬りかかるこのみに、悪魔は一瞬たじろぐが、次の瞬間その手から鋭利な爪を伸ばした。
鉤爪状になったそれを掲げ、このみと斬り結ぶ。


「きゃーっ、いやっ!無理、怖い、無理ーっ!!」


混乱して半狂乱で叫びながら、アグニとルドラに操られたこのみの体は次々に悪魔に攻撃を繰り出す。


このみはアグニとルドラを振り上げつつ、いつぞやダンテが言っていた言葉を思い出していた。

──魔具の中には、使い手を操るものもあるのだという。

きっと、それこそがアグニとルドラだったのだ。


離したいのに、アグニとルドラが手から離れない。

ルドラの風が更にアグニの炎を燃焼させ、辺りに火の粉が飛び散る。
このままでは火事になってしまう、とこのみが焦りを募らせたその時、誰かが女子トイレに飛び込んできた。


「このみ!!」
「ダンテ!!」


待ちに待ったその人の姿を見て、このみはほっとして泣きそうになる。
が、このみの体……というか、アグニとルドラは目の前の悪魔に攻撃する手を止めようとしない。


「アグニとルドラが止まらないの!!」
「ちょっ、お前ら……!!」


悲鳴のような声を上げつつ、剣を持った腕を振り上げるこのみを、ダンテが慌てて制する。
その手からアグニとルドラを取り上げ、悪魔へと切っ先を向けるが、あと一歩遅かった。

ダンテが加勢に来たことで、悪魔は自分が不利と見るや否や、ダンテとこのみの脇をすり抜けて、トイレのドアから廊下へと逃げ出した。
直後、人の悲鳴と銃声、次いでガラスが割れるような音が廊下からこだまする。


トイレに複数の足音が近付くのが聞こえて、このみははっとして、必死に涙が出るように目に力を込めた。
ダンテはアグニとルドラに小さくなるように言い、用具入れに身を隠す。

その時、トイレのドアが開け放たれた。
銃を手にした男達が、困惑したようにこのみに尋ねた。


「さっき、ここから男が飛び出してきませんでした!?……大丈夫ですか!?一体何が……」
「お、お手洗いを使っていたら、いきなり……その窓から変な男が……」


このみの言葉に、男達は開いたままになっていたトイレの窓の外を覗き込む。


「わ、わたし……怖くて……!」


ブルブル震える手で口元を覆い、このみは目に涙をにじませる。
怖かったのは本当だが、手が震えているのはアグニとルドラが重かったからだ。

いかにも暴漢に襲われたかよわい婦女子に見えるこのみに、男達は気遣うような目線を向ける。
このみは嘘泣きをしつつ、用具入れに隠れているダンテにも聞こえるように男に尋ねた。

「あの、さっきの男は……!?」
「……警備の者を一人、突然後ろから鋭利な刃物のようなもので傷付けて、窓を破って逃走しました」
「逃げた……!?まだ、この会場の近くにいるかもしれないんですよね?」
「今、我々が総力を上げて捜索しています」
「必ず見つけてください。だって……警察は呼べませんものね?」


この会場で催されているのは非合法な闇オークションだ。
主催者側も参加者も、警察を呼んで騒ぎにするわけにはいかなかった。

男たちは顔を見合わせて、このみに向かって頷いた。
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