鏡の中の黄昏蝶28話〜
□28.終わりの始まり
1ページ/13ページ
* * *
異世界に迷い込んだこのみが、ダンテの事務所で世話になり始めて、2年と9ヶ月が経とうとしていた。
世界はそろそろ8月を迎えようとしている。
本来なら今年で大学3年生になるはずだったこのみは、未だに異世界で足踏みを続けていた。
「このみお嬢ちゃん!」
さんさんと夏の日差しが頭上に降り注ぐ昼過ぎのこと。
いつものように手配書のジャンの似顔絵を手に聞き込みを行っていたこのみは、突然肩を叩かれた。
振り返ると私服姿のマークが立っている。
彼は事務所の近所にある警察署に勤務している警察官だ。
ダンテと既知の中で、悪魔がこの世に存在するということと、このみが異世界からやってきたということを知っている数少ない人間だ。
「マークさん!お久しぶりです」
「ああ。ダンテは一緒じゃないのか?」
「今はわたしだけです」
そう言うと、マークは神妙な顔つきでこのみを見つめた。
首を傾げるこのみに向かって彼は尋ねる。
「そうか……少し、大事な話をしたい。今時間あるか?」
「わたしに関係ある話……ですか?」
「そうだ」
このみに関係ある、大事な話。
それが何を意味するのか悟ったこのみは、突然の事態に驚いた後、顔を引き締めて頷いた。
夏の日差しを避けるように、このみとマークは喫茶店へ入った。
注文したジンジャーエールでのどを潤したこのみは、マークが語り出すのを待つ。
彼は運ばれてきたアイスコーヒーに口をつけようとはせずに、重苦しい口調で語り出した。
「近頃、ここいらで行方不明者が頻出してる事件は知ってるな?」
「はい、よくニュースになってますよね」
「……今、ホテルで逃げたあの男の似顔絵持ってるか?」
さっきまで街で聞き込みを行っていたのだから、当然持っている。
頷いて、このみは似顔絵を取り出した。
特徴らしい特徴と言えば眼鏡をかけているということくらいの、ごく普通の三十代……に見える男。
けれど、その正体は人間ではない。
「その行方不明者が出た家屋の近くでな、目撃されてんだよ、こいつに似た男」
「えっ……」
「それに、例の蝶の死骸も」
ジャンが現れた場所には、必ず蝶の死骸が落ちている。
悪魔であるジャンは、魔力を使って蝶を操っているというのがダンテの見解だ。
「……ホテルの件でも、大量の蝶が落ちてたろ?
警察の中でも、あのホテルの犯人と関係あるんじゃないかという意見が出始めてる」
「そうなんですか……」
まさか世間を騒がせている行方不明事件に、ジャンが関わっているかもしれないなんて。
マーク曰わく、現場に蝶の死骸が落ちており、恐らくジャンの仕業だろうと考えられる行方不明事件は、ここ最近始まったものではないそうだ。
そもそも単なる行方不明の事件が大々的にニュースになることは少ない。
行方不明と言ってもその中身は単なる家出ということも多いのだ。
居なくなったのがまだ小さな子供だとか、よっぽど特異な状況でなければそこまで騒がれない。
それがここ最近になって、一家丸々行方不明になるという大事件に発展した。
その家の状況を調べたところ、家屋から大量の蝶の死骸が発見されたのだ。
数ヶ月前に起こった、行方不明事件があったアパートでも謎の蝶の死骸が見つかっており、
それから同じように蝶と関連のある行方不明事件が次々に発覚したそうだ。
それを遡ると、どうやらこのみ達がジャンを逃したあのクリスマスイブの数か月後から、行方不明事件が勃発しているらしい。
ホテルの犯人との関与はともかく、ここ最近頻発する一連の行方不明事件は、
同一人物による犯行の可能性が非常に高いということで警察の見解は一致している、とマークは語る。