鏡の中の黄昏蝶28話〜
□29‐A.あなたがいるなら生き残る
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とりあえずダンテとこのみは、混乱して矢継ぎ早に質問を繰り返す男を連れて、事務所へ戻った。
半日ほど水以外口にしていない、としきりに腹を鳴らす彼のために、このみはいつもより一人分多く晩御飯を用意した。
男はそれをかき込みながら、このみに尋ねる。
ダンテと話をするという考えは始めからないのか、彼にほぼ背を向けるような形だ。
そのせいか別の理由かは不明だが、ダンテはどこか不機嫌だった。
『あの……何なんですかここ?日本じゃないんですか?
つうかここにいる人間、なんか違和感があるっていうか……おかしくない!?』
『えっと……それは……あの、名前お伺いしてもいいですか?』
『あ、ごめん。俺は佐藤大輔。
君は……あのさ、俺君のことどっかで見たことある気がするんだけど……会ったことあります?』
じいっとこのみを見つめる大輔に不快感を示したのは、このみ本人ではなくダンテの方だった。
ダンテに背を向けていた大輔の前に割り込むように顔を突き出す。
大輔は割り込んできたダンテの顔を見て、ひっとのけぞった。
そんな大輔にダンテは鼻白む。
「……このみ、こいつ今何て?」
「あの、わたしを見たことがあるらしくて、会ったことあるかって……。
わたしは覚えがないんだけど……」
「はぁ?この期に及んでナンパかよ?」
「ナンパじゃないですよっ!」
英語で言い返してきた大輔に、ダンテは目を見開いて驚きの視線を向ける。
「俺、大学は英文科だったんです」
「なら俺にも分かるように英語で喋れ」
「はっ、はいっ」
ダンテとしては脅しているつもりはないだろうが、イライラしているのが声に棘を含ませるのか、大輔は萎縮しながら頷いた。
彼も初めてダンテに会った時のこのみ同様、半魔であるダンテに恐怖心を覚えているようだ。
「……で、君の名前は?」
「伊勢このみですけど……」
その名を聞いて、大輔は思い出した!と声を上げた。
全く覚えのないこのみは首を傾げる。
「俺、君と同じ高校出身なんだよ!
サッカー部の鈴木って覚えてる?君と同じクラスだったはずだけど。
鈴木は同じサッカー部の二個下の後輩で、俺が進学して家出た後もメールで受験の相談とかしてたんだよ。
そんで……11月頃だったかな、クラスメイトの女子が行方不明になったって。
その子の名前が伊勢このみ………君だよね?」
このみはあまりの衝撃に絶句する。
まさか目の前にいる人が一年間とはいえ同じ高校で共に過ごした間柄で、しかも自分のことを知っていたなんて。
「つまり……お前らは先輩と後輩だった……ってわけか」
「面識はないんですけどね」
ダンテの言葉に大輔は頷いた。
「地元じゃ結構大騒ぎになってたんだ。
俺が実家に戻った時も、家ん中に情報提供を呼び掛けるチラシが置いてあったし……君の顔を見たのはきっとその時だ」
「……騒ぎって……」
「高校全体で集会開くのはもちろん、事件性が高いってんで警察とか教育委員会?とか来るわでもう大変だったみたいだけど」
……両親はどうなんだろう。
ずっとずっとこのみを探し続けていたのだろうか。
「わたしがいなくなったことで、そんなことになってたんですね……」
「きっとご両親も心配してるよ」
「……そうですよね」
このみは俯いて、両親の顔を思い出していた。
早く二人に会いたい。
家に帰ってお父さんとお母さんを安心させてあげたい。
口では必ず家に帰ると宣言していたこのみも、鏡の捜索があまりに進展を見せないことと、ダンテとの生活が心地よくて、
内心ではすんなりと元の世界に帰ることを躊躇するくらい、揺れていた。
けれどその心も、大輔の話を聞いた今では定まりつつある。
このみと同じ"向こうの世界"の人間である大輔の出現は、このみにとって何よりも心強かった。
――そんなこのみの顔を、ダンテは苦渋の混じった表情で見つめていた。
「それで……この世界は何なんだ?どうして3年近く行方不明だった伊勢さんがここにいるんだ?あの鏡……何?」
「佐藤さんも、鏡を通り抜けてきたんですよね?
わたしは、学校にあった姿見を通り抜けてここへ来たんですけど、まさか佐藤さんも同じように……?」
「学校……?いや、俺は会社にある男子トイレの鏡からだ」
このみとダンテは顔を見合わせた。
クリスマスイブのあの腐乱死体の彼も、通っていた大学はこのみの高校から遠く離れていた。
「……鏡が繋がる先は完全にランダムってこと?」
「今のとこ、そうとしか思えないな」
何だか腑に落ちなくてもやもやするこのみに、大輔は「何かまずいこと言った?」とただひたすら戸惑っていた。
彼に落ち度は一つもないので、出せない答えを考えるのはやめて、このみは彼に向き直る。
「佐藤さん、わたしが知っていること、お話しします」